第23話 嫌悪

 業光樹は霧散して消滅し、ヨスガは解放される。

 手探りで辺りを探ると、長細い物体に触れる。それが業剣だと分かり、握りしめた。


「レム……メアトさん」


 躰に力を入れて、何とか上半身だけを起こす。


「ミトロスニアは……まだいる。……感じる」


 戦う意志を証明するため剣をかざす。だが微かに気配を感じても、敵がどこにいるのかは分からない。


 疲労、焦り、緊張。様々な要因が呼吸を荒く、浅くさせる。暗闇に満ちた視界で、ヨスガは意識を集中させ、神経を研ぎ澄ませようと奮闘する。


 そして背後に感じた僅かな気配。ヨスガはタチガネの業剣を力任せに振るった。


 しかし、その気配はすぐに消える。代わりに大地を踏みしめる音が、ヨスガにゆっくりと近づいてきた。


 その正体はすぐに分かり、ヨスガは剣を下げる。


「キャス、トール……」

「レム……。よかった、無事だった……生きててくれた」


「ゴウレムに死はありません。あるのは、業光を失って活動を――」


 的外れの方向に躰を倒そうとするヨスガ。レムは気づき、急いで支えた。


「それでも、心配なんだよ……。レムが無事で、嬉しいんだよ……」

「う……わ、ワタシには、よく分かりません」


業光の集合体セフィライト……ミトロスニアは?」

「……消えました。ですが、完全に消滅はしていません」


「ならメアトさんも――」

「第4罪徒、メアト・フリジエルは消息不明です。彼女と同時に、姿を消したのです」


「……そっか」


 安否が気になるが、今は確かめようがない。他にすべきこともある。


「レムにお願いがある……。イェフナのところに、連れて行ってほしい」


 目が見えなくても、無事でいることだけは確かめたかった。


「傍に行きたいんだ」

「……お任せください」


 レムの肩を借りて、ヨスガはゆっくり足を進めていく。そしてしばらく歩いたところで、歩みが止まった。


「ここから……キャストールを最上部まで運ぶのです」


 何かが破壊されて崩れる音と、地面にぶつかった音が聞こえる。


「今のワタシでは、ルーラハが足りない。大気中のルーラハを吸収する必要があります」

「ごめん、無理させて」


「気にする必要はないのです。……後ほど、契約の対価をいただくので」


 ヨスガの足元が僅かに揺れる。


「業剣を抱えたまま、膝をつけてください。王国の残骸で腕を発現させます」


 微かな衝撃と共に、浮遊感に包まれる。少し経って再び衝撃が伝わると浮遊感も消えた。


「やっと、会える……」


 もう、何年も会っていない気さえする。


 イェフナの姿を想像しながらレムの到着を待った。本当はいち早く会いに行きたいが、視界を失った状態では難しい。


「  いやだ  」


 そんな時、イェフナの声が聞こえた。


「  来るな  」


 辛く、苦しそうな声。


「  助けて  」


 助けを求めている。それを聞いて、じっとしてはいられない。


「助ける……今、助けに……」


 不安定でおぼつかない足取りで、ヨスガは声がする方向へ進んでいく。


 ――そうして辿り着いた場所。手のひらを前方に突き出して押すと、壁のような隔たりを感じた。


 その先でイェフナの声がする。手で押して動いた壁を、さらに押し込もうと力を込めた。


「あ、れ……」


 そこでヨスガの体力が底を尽きた。壁に手をついたまま、前のめりに崩れ落ちる。


 目は見えず躰はピクリとも動かせない。意識があるのか失っているのか分からなくなってくる。


 この先にいる。大事な人が。もう少し力を込めれば会える。


 何のためにここに来た。何のために戦って、頑張って来た。


 …………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 …………


「生き、て……会いたいと、思ったからだ……っ」


 躰中が軋む。ひび割れる音が響く。

 先のことは考えない、今出来ることに全力を出す。


 手のひらに感じていた反発が消えて前によろけたのは、最後の障害を乗り越えた証だ。


 ヨスガの前にはもう、道を阻むものがなくなった。


「これで……」


 目は視えない。だが、助けを待っているイェフナの姿は鮮明に想像できた。


「イェフ……――」


 前に進もうとするヨスガ。


「な……――ッ!?」


 その歩みを許さない者がいた。


 何者かに後ろ首を掴まれ、乱暴に引き離される。ヨスガは抵抗できずに、力なく地を這った。


 何者かの足音がヨスガの横を通りすぎ、すぐに引き返して去って行く。


「  お願い  」


 同時に遠ざかっていくイェフナの声に手を伸ばし。


「  気持ち悪いから、もう来るな  」


 明確な拒絶の言葉と共に、張り詰めた意識が限界を向かえた。

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