第21話 擬制を超えた情景

 過去を思い返していた。


 律業者となり、周りから無意識に目を逸らされる業――レイシクロワールを用いて殺戮を行った時のことを。


「……助けない方がいいって、忠告したよね……」


 レムによって地面にたたき落とされたメアト。だが、そのレムによって癒しの業光を注がれている。


 ゴウレムの隣にはヨスガの姿。既に両目は治癒され、砡眼の冷砂よって負わされた傷が塞がっている。


「メアトさんだって、攻撃を外してくれました」


 レムの一撃が見舞われた、その直前に放たれていた冷砂球は、ヨスガに直撃せずに施設の壁を破壊していた。


「俺は、見たくないものは視ない主義なんだ……」


 メアトは左眼に手を添える。


「ずっとそうしてきた……目を背け続けてきた」


 それは律業の力ではなく。メアト自身の業でもあった。都合の悪い出来事に対し、見てみぬ振りをする。


「……なのに、どうしてか……ヨスガちゃんの姿が視えてさ……」


 それで外してしまった。眼を開けて、メアトはゆっくりと起き上がる。


 それだけの動作でレムは過剰に反応し、ヨスガを守るようにメアトの間に手で阻んだ。


「認めてもらえたわけじゃ、ないんですよね……」


 俯いたままのヨスガ。そこまで落ち込むかと、メアトは苦笑する。


「……顔くらい上げなよ」

「――え?」


 焦点があってない視線。その先には誰もいないというのに、一直線に見つめ続ける。


「……なるほどね」


 見えてないのか。


 手甲を纏っていないレムの片方の手は、契約者の汚れた手に添えられている。


「はい……。これから先、レムにはだいぶ迷惑をかけそうです」


 ヨスガは複雑そうだが微笑んでみせる。


「……はは、同情してもらいたい?」

「侮辱するな。ワタシの契約者はやり遂げた。その行いに哀れみを抱く者が、どこにいるのです」


 飄々とした笑みを浮かべたメアトに、グランドマルクティアが言い放った。うすら笑いは消え、表情が凍りついたように固まる。


 いつからこんな、冷めた視点で物事を歪曲するようになった。自分で嫌気がさしてしまう。


 ヨスガは視力を奪われてもなお、己を否定する敵を視ようとしていた。同情などではなく、尊敬に値する熱意だ。


 俺は、そんな寒いことをする奴を認めてしまったのだ。


 改めてヨスガとレムを見据えたメアト。その視線の先に、白い業光が集まって人の形を成していく。


「――ッ!」


 反射的に小径を接続し、業光の集合体に砡眼の冷砂を放つ。


 レムも即座に反応したが間に合わず、青い閃光もすり抜けて、人型の光がヨスガの躰に片腕をめり込ませた。


「――ご苦労さま――」

「なに、が……」


 具現化した業光の集合体が、ヨスガに微笑みかける。


「――たくさん頑張ったね――」


 そう言ってヨスガから、白い業光を吸い上げていった。


 メアトは再びヨスガに狙いを定め、攻撃を仕掛ける。


「契約者を守れ!」


 ヨスガとミトロスニアを守るため、レムは拳で地面を貫いた。


 巨大な石腕に覆われる寸前に、業光の集合体ミトロスニアは一瞬でその場から上空へ転移する。


 解放されたヨスガを、レムは抱えるように支えた。


「負傷――……していない」


 治癒のため腹部に手を添えると、あるべきはずの傷跡がない。


「……やっぱり、ミトロスニアがいる」


 ヨスガ達を穏やかな表情で見下ろす、セフィライト・ミトロスニア。


「まだ、終わってなかったみたいだよ」

「擬制同化の柱は消えた。司教さんもいないのに……どうして」


「偽りの律業者とは別の柱です。彼女は元から、その柱から発生した存在なのでしょう」


 ヨスガに肩を貸しながら、レムは冷静に状況を判断する。


「人間全てを同化させるなんて……まだそんな寒いことをするつもりかな」

「――ふーんだ。とっても無礼な発言だけど、不肖の私だから赦してあげます――」


「そんな赦しはどうでもいいよ。俺が聞きたいのは、まだフォルフヨーゼを支配する気かってことだ」


 語気を強め、メアトは睨む。


「――支配……そう言われても仕方ないわね。確かに、多少お座なりな方法だったもの。世界を救済するって言うなら、もっと徹底したやり方じゃないと――」


 人さし指を立て、ミトロスニアはしたり顔でヨスガ達に語り出す。


「――フォルフヨーゼだけじゃだめ。この世界全てのルーラハを昇華させて、消滅させなきゃ――」

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