第15話 王国の残骸
イェフナ・レーヴンの元へ辿りつくまでに、目の当たりにした惨状。
街一帯の地目に広まって溜まる血液。すれ違う人間は全員ミトロスニアと同化していた。
それ以外はミトロスニアとなれず、無駄な血を流して絶命していた哀れな骸。同化した人間達の命も、黄金色に染まる空に舞う翼使の彫刻達が悉く奪っていく。
偽りし王冠の業。
特定の素質ある人間にしか、聖煉な力は受け入れられない。にも関わらず、擬制の柱は見境なく同化を強いてくるのだ。
対処しなければ、ひたすらに被害は増え続けるのみ。
現状の事態を一刻も早く終息させるため、メアト・フリジエルは迷いなくイェフナ・レーヴンを抹殺するはずだ。
巫女の力を受け継いだ少女。セラフィストと同様の業光を辿り、レムは目的地へと急ぐ。
そして辿り着いたのは、グランドマルクティアの暴走で傷つき、被害に遭った人間が運ばれた特別な医療施設。
アヴケディアからそう離れていない水上に建造されて、隔離された場所だ。木造の橋を飛び越えて、巨大な柱のような施設に侵入すると、大きな広間に出た。
吹き抜けの天井、周囲は申し訳程度の敷居に遮られた個室が頭上高くまで広がっている。
「……レムちゃんか」
メアトは、レムに背を向けて佇んでいた。
「その呼び方、とても不快です」
「だよね」
振り返ったメアトは笑い、レムを煽る。
「俺を殺すのか?」
「イェフナ・レーヴンを守ってほしい、それがキャストールの望みです」
「そこまでして守ろうとするのか……。あいつ、本当はイェフナちゃんの関係者とか?」
まぁいいや。と、メアトは話を終わらせる。
「ここには、グランドマルクティアの暴走に巻き込まれた人間達がいる。生きてるって言えるかどうか分からない、重症を負った被害者の収容所だよ」
「……興味ないのです。ワタシは仮初の巫女を守る。それだけのために、ここにいます」
「そっか。ならここで無駄な争いを始める前に、一つ聞いてもいいかな?」
小径が接続され、小石に青い業光が流される。
「ガーデンで暴走したグランドマルクティア……あれって本当は――だよね」
「…………ワタシは――」
発射された砡眼の冷砂。
小石に自らの業を与え、武器として扱うメアトの律業術。石の飛礫を真正面から浴びて、レムの全身が損壊する。
レムの躯体を貫通して破壊された壁の残骸が、損壊した個所を補うように集まっていく。そうして黒の衣装に鎧を纏っていった。
「ごめん、やっぱり言わなくていいや」
「……あぁ、この感覚は確か……そうですね」
『王国の残骸』が顔まで覆うと、レムはくぐもった声で静かに告げる。
「――少し、むかつきました――」
平行に跳躍し、レムはメアトの懐に飛び込んだ。平均的な人間の伸長の、一回り程大きくなったレムの拳が勢いよく振り下ろされる。
密集した光砡が流砂の防壁となる。それに構わずに、レムは手甲の拳を叩きつけた。鉱物が摩擦によって削られていく音が、施設内に大きく響いていった。
「その腕、跡形もなくなっちゃうよ」
「――造り直せばいいのです――」
両腕をつかい、ひたすらに拳を打ち付けていく。超高速で摩擦し合う光砡の盾に研磨され、削り消されながらも、止まることはない。
足元がひび割れ、大きな亀裂が入ったことを視認する。そこをレムは狙った。
「――王国の残骸――ガントレム・ブラスト――」
手甲を形成するために編まれた業光。それが弾けるように放出された。破壊された床によろめくメアトとレム。
施設内の下層に落ちながら、メアトは密集していた光砡の一部を散弾のように撃ち込んだ。
一瞬喪失される視界。下の階に着地して再生が終わった時には、メアトの姿は消えていた。
「――消えるのは厄介ですね――」
僅かな静寂。建造彫刻と石像が鎮座する、研究所のような室内。見渡していた次の瞬間、レムの両腕が砡眼の冷砂によって破壊される。
背後の気配に気づき、振り返りざまに腕を鎧ごと再生させつつ、レムは離れた地点に立つメアトの元へ駆ける。
それを迎え撃つよう眼前に迫る砡眼の冷砂。青い閃光をかいくぐりながら、レムは前へ進み続ける。
避けきれない小石の弾丸は腕の鎧で防ぎ、その場でまた跳躍して距離を詰める。回避できずに直撃する数多くの閃光もあったが、それを繰り返していった。
次第に再生が追い付かなくなりながらも、光砡を放ち続けるメアトへ迫る。中途半端に再生した腕のまま、レムは構わず突き進む。
瞬間、一際青く輝いたメアトの左眼。そして再び、メアトの姿を喪失してしまう。
「――また……ですが」
レムは半壊した片腕を、メアトが立っていた位置で無造作に振るった。
「構わないです」
見えないが、振るった片腕に衝撃が伝わる。すると地面を勢いよく転げ回るメアトが現れた。
「見えないのなら、初めから狙いを定めません――」
口元から血を流すメアトは、立ち上がりながら口元を拭う。
「いい、ね……その考え方……」
メアトの周囲に浮かぶ光砡。それが集まり流砂となる。業光を放って繰り出したレムの追撃の嵐は、全て流砂によって防がれた。
ボロボロに瓦解したレムの両腕と両足。ふらついた隙をつかれ、密集して太さを増した冷砂に胴を貫かれる。
続けて降り注いだ光砡の雨に、レムは地面に膝をつくことを余儀なくされた。
「この国は、何もかも寒い。律業の巫女、グランドマルクティアを妄信するガイアナーク……どうでもいいよ」
メアトも僅かに身体をふらつかせながら、ゆっくりとレムから距離を取っていく。
「ガイアナークは暴走が起こってから、余計に寒い連中になったよね……。降誕祭にいた、あの不気味な男を祀りあげて――」
地面の変化に気づいたメアト。
巨大な手のひらの上にいると分かった時点で回避は間に合わず、形成されたレムの腕が上空へと盛り上がっていく。
メアトは握りこまれる前にその場から飛び降り、落下しながら座り込むレムに光砡を撃ってくる。
それを防ぐようにレムは地面からもう一つの腕を造り、空中のメアトを拘束した。
「これは、忘れてた……」
苦しそうな声色で微笑むメアト。レムは無言で膝を起こし、近づいていく。
「なんか……人間みたいなゴウレムだね……」
メアトには、レムの態度に異変が起こったと分かるようだ。
「怒ってる……のかな?」
「いえ、落ち着いています」
強まった拘束に、メアトの言葉が途切れる。
「メアト・フリジエル。律業術は封じました。王国の残骸がルーラハの接続を遮断します」
漂う小石が次々と力を失い落ちていく。
「偽りの律業者……いえ、セフィライト・ミトロスニアはキャストールが止める。それまで、このまま拘束するのです」
「そんな時間が、残ってればいいけどね……」
建物全体が揺れる。地面から血が湧き上がり、レムによって破壊された天井の風穴からも血が流れこんできた。
「このままじゃ、お互いミトロスニアに浸食されるけど……どうする?」
レムはメアトに言葉を返さない。ただじっと黙ったまま、地下施設に血液が満ちていくことも気にせずに拘束を続ける。
「俺はこの腕に守られてる……先に同化するのは、どっちになるのかな」
メアトを掴んでいない片腕を再生させながら、レムは考える。拘束を解くのは危険だ。しかし今の状態では長く留まれないことも事実だった。
片腕で業光を集め、そこからゆっくりと鎧を纏っていく。しかし擬制同化に侵される速度が上回るだろう。
そう判断したレムは、メアトを封じていた腕を自ら破壊し、お互いに浸食の危険が伴う状態にすることを選んだ。
「――はっ」
メアトは掌から逃れると、すぐさま青い業光に満ちた流砂を集めて足場にし、浮遊しながら後方へ退く。
両腕を再生してすぐさま鎧を形成したレムは、業光の放出を利用して空中のメアトを追っていく。
「もう、いい加減さ――」
流砂から連射される砡眼の冷砂。レムは空中で数多の閃光に被弾しながらも、追跡の速度を緩めない。
「イェフナちゃんを殺さなきゃ――ッ!」
レムは容赦ない光砡の弾幕を張るメアトを壁際まで追いつめる。
だがメアトは足場の流砂を利用して、外壁を削りながら後退し続けた。その状態でもレムに目がけて砡眼の冷砂を放つ。
「それはワタシが――」
手甲の拳で、レムは光砡を弾き返す。
「必ず、阻止するのです」
外壁が破壊され、そこを足場に移動していたメアトの速度が僅かに落ちる。
レムは追い付き、真下に溜まった血の海にメアトを叩き落とすべく大ぶりに蹴った。
「そうくるよね!」
ミトロスニアに同化させるのは一番効率的だ。それをメアト自身も理解していたのだろう。
レムの行動を読み、足場の流砂から分断していた冷砂に別方向から片足を破壊される。
だがそれで止まらない。
レムは勢いのまま空中で旋回し、腕を振ってメアトを中央で滝のように流れる血液の塊へ吹き飛ばした。
足場の流砂を背中と頭上に展開させながら血液の滝へ、真横から沈んでいったメアト。
鎧を完全に形成したレムはその後を追って自ら滝へ飛び込む。滝を抜けた先で、メアトは再び流砂を足場に外壁で踏みとどまっていた。
「――追いかけっこは終わりです――」
「そうみたいだ」
地面から離れた場所なら、ミトロスニアの同化が迫るまで時間がある。
メアトを拘束しようと腕を伸ばしたレムは、突如真下から金属で鋳造された槍で躰を貫かれる。
「――……これは……――」
翼の生えた彫刻に四方から襲撃され、レムの胴体が貫かれる。
「第6罪徒、あのアレクセイが施設に張り巡らせた防衛機構だよ」
「――とても邪魔、なのです……」
「侵入者を排除するために配置されたんだ。こいつらは、ルーラハに反応して外敵を排除する」
「――では、なぜ……――」
メアトは標的とならなかったのか。
「このお寒い世界で生き残る術は……見てみぬふりをされることさ」
「――あっ――」
頭に刺さった斧によって、レムの言葉が遮られる。
「けどもう、おたくらの勝ちみたいだ。いや、全員の負けか。そもそも勝負ではないんだけど……まぁ、呆気ないものだったな」
レムに視線を向けず、遠目に語りかけるメアト。
世界が壊れていく。空はひび割れ、この世の色が失われていく。そんな終末の景色を思い浮かべ、メアトは目を背けるように視線を落とす。
「最後に、八つ当たりぐらいはさせてくれ」
大きな塊となっていく光砡の流砂。
慈悲なき冷気の業
「……――砡眼の冷砂球」
――レイシクル・ラウド……。
メアトはその巨大な光砡を、彫刻ごとレムに解き放った。
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