第14話 業光の集合体

 イェフナの姿をした律業の巫女が、ヨスガを床に押し付ける泥人形達を引かせた。躰の拘束が僅かに解かれ、膝をつかされたまま律業の巫女を見上げる。


「――すごい! どうして分かったの? あの娘の身体を完璧に模しているのに――」


 律業の巫女は微笑みながらヨスガの目を見つめている。業光を律して統べる超越者は、子供のような無邪気さも兼ね備えていた。


「……分かるに決まってる。キミはイェフナじゃないし、本物の巫女でもない。偽りし王冠の業で生まれた、世界を浸食する律業術だ」


 目の前に存在する伝説の人物。その気配は、ガイアナークの司教から感じた気配と同じものだ。


「――もぉ、バレバレでつまらないわ。可愛いしもべくん……ふふっ、今はヨスガくんね? ヨスガくんには、もうちょっと驚いてほしかったのに――」


 悔しそうに顔をしかめ、肩を落とす巫女の幻影。だがすぐに気を取り直して補足を始める。


「――確かに不肖の私は、擬制の柱で発生した業光の集合体セフィライト。深化した同化によって自我を得た偽りの巫女セフィライト・ミトロスニアと呼べる存在ね。だけどフォルフヨーゼを憂う気持ちは本物と一緒。姿形みためは違うけど、意志と思考は律業の巫女なの――」

「虚言はやめるのです。セフィライト・ミトロスニア」


 レムが割って入る。


「彼女は世界のルーラハを律し、安寧秩序を守り続けた巫女。そんな人間が混沌を招くはずないのです」

「――グラちゃんよね。昔と形が違うけど一目で分かっちゃった。不肖の私が造った可愛い僕ちゃん――」


 自らを業光の集合体と名乗ったミトロスニアは、何故か困った様子で微笑んだ。


「――大地の繁栄を願う気持ちは同じよ。世界中に聖煉の力を授けたい私がいる。その気持ちも分かってほしいの――」

「どんな目的があっても……っ、擬制の柱を使うのは間違ってる!」


「――不肖の私はフォルフヨーゼを……ううん、世界中を綺麗にしたいだけ。同化そのものが目的じゃないわ――」


「……だったら何で。同化を止めようとするボク達を襲ってきたじゃないか」

「――誤解してるよぉ。だって、そもそもゴウレムは律業の巫女に逆らえないでしょ? 可愛い僕くんに会いに来たのは、お話をしたかっただけだもん――」


 セフィライト・ミトロスニアは告げる。はっきりと否定した言葉には、偽りを感じられなかった。


「――えとえと、信じてもらえるには……うん、そうね――」


 妙案が浮かんだのか、ミトロスニアは勢いよく両方の手のひらを合わせる。


「――擬制同化を止めたいなら手伝ってあげる! 擬制の柱になった私に会いたいよね?――」


 理解が追い付かず無言のヨスガを見下ろして微笑む業光の集合体。ヨスガの頬に優しく手が添えられた。


「――偽りし王冠の業・契約の柱。始血共鳴マイリンク――」


 悪意を感じない純粋な笑みを浮かべたまま、ゆっくり頷いた。


「何を……何がしたいんだ。柱を壊したら、キミは消えるんじゃ……」


 擬制の柱による同化現象。その末に業光の集合体が巫女の意志を持って現れた。ヨスガはそう認識していた。


 しかしヨスガ達に協力すると言うことは、自らの消滅に加担する自殺行為なはず。


「――私を止めたいなら、頑張ってみてね。応援してる――」


 業光の集合体は、ヨスガを拘束するガイアナークの騎士二人を順番に指さした。


「――ちょっと血が足りなそう。取りあえず、この私にはお仕置きしてっと――」


 両膝をつかされた状態の拘束が解かれる。教団騎士は儀礼剣を抜き、躊躇なくお互いの首を跳ね合った。

 

 間近で目撃したヨスガは、落ちた首が地面に転がっていくのを目で追ってしまう。


 その光景を、業光の集合体は満足そうに眺めていた。


 簡単に奪われる命。その行為の軽さを目の当たりにして空しくなり、立ち上がって糾弾する気も起こせない。


 そして量が増していった地面の血だまりに呑み込まれるように、ヨスガの躰がゆっくりと沈んでいった。


「――そのまま身を任せていって――」

「どこへ連れていくのですか」


「――ふふっ、聖域に至る道……。辿り着いた場所に司教わたしがいるわ。あっ、グラちゃんは一緒について来てね。フォルネリウスにもお仕置きしちゃいたいんだぁ――」


 ミトロスニアは屈託のない笑みを向ける。


 呼びかけられたレムは躊躇う素振りをみせたが、やがて逆らえないと判断したのか、ヨスガからゆっくりと離れていく。


「……待ってくれ」


 ヨスガは、遠ざかっていくレムに声をかけた。


「レムには戦ってほしい」

「――それは無理だよぉ。グラちゃんは、どんな私にも暴力禁止だもん――」


 それが契約者との関係だ。十分に承知している。だが――


「律業の巫女を守るためなら、戦えるだろ。……だから、イェフナを守りに行ってもらうんだ」


 ピタリと足取りを止めたレム。


「ボクの代わりに守ってくれ」


 その発言を、レムは静かに命令を受け入れた。


「必ず守るのです。その後で、きっちりと対価を求めます。それが契約なのです。分かっていますね」

「分かった」


 振り返ったレムに、今度は意味を理解したうえで、はっきり返事をする。


「――それなら別に、不肖の私も許可はしてあげるけど……。グラちゃん、なんだか人間みたいね。そんな子だったかなぁ――」

「肯定します……。キャストールと契約を交わした影響だと認めるのです」


「――ふぅ~~ん……――」


 腕を再生させたレムは、両手両足に鎧を形成し、イェフナの元へ向かった。


「……ボクはイェフナとマルクティアの人達、どっちも選べなかった」

「――分かる。そんな簡単に選べないよね。不肖の私も……――」


「だから決めたんだ。どっちの命も守るって」


 ヨスガは一切抵抗しないまま、血溜まりに沈んでいく。


 聖域へ至る道。そこに犠牲の柱……新生ガイアナークの司教だった男がいるはずだ。

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