第12話 籠城
レムは教団騎士を一撃で排除し、虹色に発光する瞳をヨスガに向けた。
全ての鍍金が剥がされ、今にも世界から消滅しかけている。その躰を抱き起こし、業光による癒しで延命措置を試みる。
「――王国の残骸」
片腕に手甲を形成し、ヨスガの肉体の中心に置いた。
大気中の業光で傷は癒せる。一時的に存在の消滅を防ぐことも出来た。しかし、それ以上の措置は難しい。
契約者を救う手段を模索するレム。その最中に前触れなく、数十人の教団騎士が白い業光の裂け目から現れた。
「……ミトロスニアの人形」
青白い肌と虚ろな目をした教団騎士達。その全員が、顔のない黒茶色の怪物に変異していく。そして一直線に襲いかかってきた。
「――本命は釣れなかったね」
慈悲なき冷気の業――
「砡眼の冷砂。レイシクル・ガン」
頭上から降り注いだ石の飛礫。業光を纏った光砡が、レムに襲い来る教団騎士を例外なく撃ち抜いていった。
「第4罪徒……メアト・フリジエル」
「はい正解」
突然その場に現れた律業の系譜。慈悲なき冷気の業を背負う砡眼のメアトは、レムを指さして言った。
砡眼の冷砂に貫かれた教団騎士達は泥のような血液を流して絶命する。
「そっちは?かかって来ないの」
顔の一部の皮膚が剥がれ落ちていたスヴァイドがいつの間にか立ち上がり、一連の様子を呆然と眺めていた。
「わ、私は、どうして……。な、なぜまだ赦されてない……ぁああ」
よろめいて狼狽えるスヴァイドの足に当たった剣。それに気づいたレムは、僅かに驚きの表情を浮かべる。
「その剣を渡すのです」
レムは普段より強い口調で教団騎士に訴える。
「ひぃい! ぁああ、ぅうっ……ァァあああああああ――っ!」
スヴァイドは発狂して走り去ってしまった。
「どっか行っちゃったね」
代わりにメアトが剣を拾い、レムにめがけて放り投げる。レムはそれを受け取り、すぐさまヨスガの手に握らせた。
「まだ生きてるわけ?」
「…………」
返事をしないまま、レムはヨスガを見守り続ける。
急速に業光が集まっていく。光がヨスガの全身を包み込んでいくと業欣の鍍金が修復されていった。同時に剣も右腕に取り込まれていく。
「キャストール」
「ぅ……っ……れ……ム?」
意識を取り戻したヨスガが見たのは、真っすぐに自分を見つめるレムの姿。そして数を増やして集まってくるミトロスニアの泥人形。その中には新生ガイアナークの騎士だけでなく、マルクティア市民もいた。
「ここ、に……いたら……」
起き上がろうとすると、レムの手で強く止められる。
「心配でたまらないって感じだね」
「消滅は免れた。鍍金の修復が間に合ったのです」
「……俺は眼中にないか」
直後、何十発もの白光の閃光が集団から放たれる。
「砡眼の冷砂粒。レイシ・クラウド」
周囲に展開していた光砡が密集する。業光を纏う小石が超高速で摩擦を繰り返し、閃光を弾いていく。
「お返しだ」
集まった市民もろともに砡眼の冷砂を撃ち出す。ガイアナークの怪物達は業光で防ぐが、数人の市民は呆気なく絶命する。
「ここは引き受けるよ。ちょっとした足止めくらいは――」
「どうも」
「だ、めだ……」
レムは躊躇なく言い放ったが、いかに律業の系譜であろうと一人で相手をするには無茶な数だ。
「王国の残骸――ガントレム・ブラスト」
片腕を地面にめり込ませたレムが、その腕を切り離す。突き刺さった個所から形を変え、巨大な手甲が工房を護るように覆った。
レムの肩を借り、即席の砦のなった工房に入る。ヨスガとレムは一先ず籠城を余儀なくされた。
「レムのこと……教団騎士が、狙ってる。さっきも危険な奴が……」
「キャストール。今は自身の安全を優先するのです」
「でも――」
レムに頭を撫でられる。
「それだけに集中してください」
レムは表情を変えないまま、頭を優しくなで続けてくれる。散漫だった意識が徐々に落ち着いていった。
「ありがとう……」
だが心休まる時間はすぐさま破られる。鎧で守られていた天井を白光の柱が貫き、そこから教団騎士が湧き上がってきた。ミトロスニアの力により、その数は増殖の一途を辿る。
「地下へ」
ミトロスニアの人形を薙ぎ払っていくレム。ヨスガは戦うレムの片腕を掴んで、共に地下の作業場へ駆け込んだ。
「――……アドラ・メレムで入口を防御しますが、時間の問題なのです。いずれ障壁は突破されてしまう」
追い込まれた状況でヨスガは実感した。契約者の恩恵を得ても、自分は相変わらず無力だ。普通の人間だった頃と何も変わらない。
唯一自分に出来ることは、常に死力を尽くして行動し続けること。
「――作戦、考えよっか」
その声に、瞬時に反応したのはレムだった。
止める隙もなく放たれた蹴り。しかしメアトにかすりもせず、空しく弧を描いた。
メアトは悠々と歩いて作業場の椅子に腰をかける。
「身体、もう大丈夫みたいだね」
それがヨスガに向けられた言葉だと遅れて気づき、頷いて反応する。
「メアト・フリジエル。何故いるのです」
「避難してきた。共闘しなきゃミトロスニアに勝てないからね。まだ死ぬわけにもいかないし」
その言葉を、ヨスガは聞き逃さなかった。
「どうやって――」
「奴を倒すかって? ルーラハを無力化した炎の剣。そいつがあれば勝てるよ」
修復され手の形を保った右腕を確認する。鍍金に溶け込んでいる業欣の剣には、ミトロスニアを打倒する力があるようだ。
「ゴウレムの暴走を鎮めた男と、グランドマルクティアね。信用してなかったけど、この状況で納得できたよ」
「どうしてそれを……」
「王の懐刀。仮面の第6罪徒が教えてくれた。おたくらが力になるってさ」
「アレクセイ・アークエンジェムですね」
「あの人が」
予想外の名前。マルクティアに危機が訪れ、ヨスガ達の手助けを必要としているのか。疑問は残るが、今はアレクセイの思惑を考えるよりも優先すべき事がある。
「……右腕の剣を使えば、司教を止められるんですね」
作業場に続く扉から絶え間なく破壊音が木霊す中、ヨスガはメアトに確認を取る。
「炎を纏った剣で斬れば、擬制同化の律業術は無力化される。あとは律業の楔を持った本体の居場所を掴むだけでいい。それもグランドマルクティアなら探知できるはずだ」
「そうか、レムなら巫女のルーラハが分かる。律業の巫女に一番近いルーラハを探せば、そこに司教がいる」
「よっし、外の奴らは今度こそ俺が相手するよ。ミトロスニアはおたくらに任せた」
メアトの協力で現状を打破する突破口が開けた。
あとはレムが司教を見つけ出せば――
「探知は不可能です」
「……どうしてかな?」
「偽りの律業者は、この世界のどこにも存在しない。広場で気配が消えてから探知できるのはキャストールと、本来のミトロスニアである偽りの巫女。二つのルーラハだけなのです」
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