第11話 炎の剣
ひたすら繰り返される斬撃と茨の鉄線に耐えながら、工房の中に置かれた防犯装置を思い出す。
業光を用いた暗闇を照らす装置。それを応用して作られた、強烈な光で暴漢を無力化させる護身用の武器がある。
上手くいけば気絶、いかなくてもその隙に、渾身の一撃を見舞える。
後はスヴァイドの隙を見て行動するだけ。
力任せに振るわれた大ぶりの薙ぎ払いに合わせ、前に倒れこむ。前転の勢いですり抜けて、閃光を発する防犯装置を求めて工房へ駆けた。
「あ゛っ――あな、タっ――!?」
背後からの声が途切れ、代わりに転倒音が聞こえた。スヴァイドは自ら流した血溜まりに足をとられたのだろう。
工房に戻ってすぐ、ヨスガは閃光弾に手を伸ばした――が、無意識に掴むのを躊躇ってしまう。
防犯装置に巻きついていた灰色の茨。気づけば工房内には、茨の鉄線が張り巡らされていた。
「……謝罪があ゛あ゛っ――まだ、ですよ?」
スヴァイドの声が真後ろで響く。ふり向き、抵抗する間もなく、茨の剣が業欣の鍍金ごとヨスガの躰を貫いた。
「――ぐぅっ、がッ、あ……」
「あ゛あ゛っ――これで、貴方は赦される」
儀礼剣に纏っていた茨の鉄線が伸びて、ヨスガを工房の壁に押し付けた。
工房内の床や壁に独特の削り痕を残しながら、茨の鉄線はゆっくりと主の身体へと戻っていく。
「うっ……ゴホッ――」
腹から流れ続ける、変色した血液。肺から血の塊が湧き上がり、喉からも吐き出された。
「隙を見せれば……部屋に戻ると、思ってイまシタ……」
陥没したままの頭。ヨスガの拳を防ぎ、原型を留めていない手。
致命傷を負いながらも、スヴァイドは意にも返さず行動し続ける。
「悪しき業光の器具、そシて鋳物人形が、置かれた工房……」
不気味に揺らめきながら、スヴァイドは工房へ侵入する。
「儀礼剣が、頬を裂いタのは……あなタが腕をかばっタから……そシて今も、切り札を掴むことを躊躇イ……わたシの御業、
先ほどとは反対に、スヴァイドがヨスガを見下ろす。
「あなタは無意識に、腕を庇う……。最初の一撃で理解しタ、その癖を……ずっと利用するつもり、でシタ」
初めから教団騎士の方が上手だった。朦朧とする意識でヨスガは思い知る。
「さぁ彼女は……どこ、です?」
スヴァイドは工房内を見渡している。その様子を虚ろな瞳で見上げながら、ヨスガは立ち上がろうと全身に力を込めた。
辛うじて身体の一部なら動かせる。しかし、それ以上は難しそうだ。
「あ゛――?」
そんな状態で出来る事は、掴んだスヴァイドの足首を握り続けることだけだ。
「――……失礼」
足の骨が砕ける音と感触が伝わった。そのままスヴァイドは、工房を見回るために足を動かす。
すり抜けたその足首を、ヨスガは再度掴み直した。
「……そこまで、彼女を……グランドマルクティアを独占シタイのか」
「ちが……ボクは契約……した」
「思イ上がるなあ゛あ゛っ――!!」
足首を掴んだ腕の鍍金が貫かれた衝撃が伝わった。それを感じた時には、耐えがたい激痛が繰り返し脳へ伝達されていく。
「その、手を……」
「ぐぅっ! ううぅぅっ!」
「離シて、くださイ!」
今にも消えそうな意識だが、痛みだけは感じていられる。つまりその間は、スヴァイドの行動を阻むことが出来る。
「あなタは、紛イ物、彼女の気まぐれで、神の恵みを与えられタ、あ゛っ――に、すぎなイ!」
足を掴んだ左手は幾度も串刺しにされ、手の形を成していなかった。
「わタシ……わタシだ! 選ばれタのは! だから、こんな……」
スヴァイドは手を止めて、息を荒げながらヨスガを振り払おうとする。尚も抵抗しようと、もう片方の手で咄嗟に掴んだ物。
それが業欣の剣だと分かったのは、広場で聞こえていた声が、再び聞こえた気がしたから。
「な、んだ……その業欣の塊、は?」
鍍金の消失と共に現れた剣の柄を掴んだまま、深く息を吸い込む。
「だ……大地が……揺れて、イる?」
地鳴りと共に作業場が小刻みに揺れ、業光の灯りがヨスガの口から体内に入り込んでいった。
工房の灯りは消え、月の光のみが部屋を照らしている。
「……まだ、死ねない……」
「――ッ? ――ッ!??」
足首を掴んだまま立ち上がり、スヴァイドの身体を宙づりにする。
「赦しを受け入れな、あ゛あ゛っ――受け入れないなど……あ゛っ――有ってはならない!」
「誰かに、赦しを与える権利なんて……オマエにはない」
スヴァイドを宙づりにしたまま、もう一度外へ運んでいく。
「あ゛――あ゛あ゛っ――わたあ゛っ――わタシの御業がッ――!」
茨の鉄線を出さずに、スヴァイドは砕けた足と手を伸ばして作業場の床にしがみつこうとしている。
だがそんな抵抗も空しく、ヨスガの怪力によって引きずられていく。
「しゃざ、あ゛――謝罪を――」
「……必要ない」
後ろ手に引きずっていたスヴァイドを力任せに放り投げる。
回転しながら宙を舞っていったが、途中で茨が這い出て衝撃を半減させた。
全身から生き物のように茨を蠢かせながら、ヨスガとスヴァイドは再び相対する。
「わタシは神の、グランドマルクティアの
「ボクはレムの……レムとこの街の人達を守る剣だ」
しっかりと握りこむ巨大な業欣の剣。どこからともなく聞こえる声が、この剣の使い方を知っている。
説明はつかない。ヨスガは当然のように、剣先に溜め込まれた力を解き放った。
「炎の、剣……?」
超高熱を帯びたように、業欣の剣は緋色に輝く炎の剣と化した。
「――いきますよ」
振り下ろされた緋色の剣。スヴァイドは儀礼剣に茨を巻きつかせ、一撃を受け止めた。
「あ゛っ――」
茨の防御は意味を為さず、儀礼剣ごと押し切られたスヴァイドの半身が焼かれていく。
「ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
おぞましい咆哮を上げ、スヴァイドは抵抗空しく叩き潰されるように地面に押し付けられた。
「はぁ……はぁ……」
スヴァイドに背を向けて、拘束出来る物を探す。足を踏み出したヨスガだったが、その途端に膝から崩れ落ちた。
先ほどからずっと満身創痍で、立っているだけでもやっとの状態だった。
限界を迎えて倒れこむが、意識だけは残っている。
緋色の剣から力が消えていくことも、手のひらから感覚で伝わってきた。
頬に当たる土臭さを感じながら、静寂の中に夜風の音だけが広がる。
「……あ゛あ゛っ、あ――ぁ……」
その時、小さく聞こえた不快な音。それは地鳴りのように響き、はっきり耳に届いた。
「ぃ……だいっ……シ……タイ……あ゛あ゛っ――ぃた、い……シニ……ぃ……」
渾身の一撃でさえ、意識を奪うには足りなかったのか。全身を引きずる音が、ヨスガに近づいてくる。
やがて不快な音を漏らす元凶に、身体を仰向けに起こされた。掴んでいた剣は無造作に放られ、スヴァイドが覆い被さってくる。
焼け切れた修道服からは、肌に直接喰いこんでいる鉄線が見えた。それが鈍く光ると、皮膚から茨が伸びる。
「あ゛あ゛――ぁ、いた、ぃ……シニ、ダ……あ゛ィ、あ゛ぃ、たい……シニ……ダ――い!」
ヨスガの鍍金の躰を覆うように浸食していく灰色の茨。
「―――――――――――ッ!!」
スヴァイドの茨に、修復も間に合わないほどの速度で全身の鍍金を削り取られていく。
不安定な状態で保たれた生身の身体。
損傷する肉体に鉄線が擦りつけられる激痛に、思考が急速に奪われていった。
「あ゛ぃだい、シニタイ、あ゛いたい、シニ、ダイ、ぁ、いたい、あ゛――っ!?」
スヴァイドを見上げていたヨスガの目に映り込んだ光景。それは白く透き通った、何者かの片足だった。
「ッ――ぇ、だ……っ!」
直後、それはスヴァイドの顔にめり込む。視界の外へ消え去って、衝撃音が周囲に響き渡った。
躰に巻きついていた茨は崩れ、空中で霧散していく。ヨスガが最後に感じたのは、消えた激痛に対する安堵だった。
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