第9話 嵐の前

「これまで聞けなかったけど……」


 重要なことだ。色々あって確認する機会を逃していた。


「レムが暴走した時、何があったのか知りたい」

「……思い出せないのです。再鋳造された影響か、いくつか記憶が欠けてしまっています」


 未熟な原型鋳造で行った修復には、やはり欠陥があったらしい。


「ですがあの、不快で嫌な感覚だけは……今でも鮮明に、この身に残っています。大きく汚らしいルーラハの塊が、全身に広がっていく。ワタシを侵そうとする意志を感じたのです」


 レムは身じろぎをして、胸を抑える。ヨスガには計り知れないが、よほど苦しくて嫌な感覚だったのだろう。


「それで暴走したのか……。やっぱり原因は、あの時レムの中に融けていった、どす黒い塊」


 レム自身も、それが何なのか覚えていないようだが間違いない。


 降誕祭で見た、人の形をした光。その正体を突き止めたいが、現状ではこれ以上の情報は得られそうにない。


 ならばこの先、どう行動するかは決まった。


「……ボクは、イェフナと同じ力を持った司教を止めたい。止めなくちゃいけない」


 今は何より、新生ガイアナークを止めるべきだとヨスガは強く思う。


「代償はなんでも払う。レムがボクを必要としてくれるなら協力する。だから、これからも力を貸してほしい」

「では、当面はルーラハの供給をお願いします」


「は、恥ずかしいけど頑張るよ」


 先ほどの行為を思い出して口ごもったヨスガ。言い淀んだことで、レムは何かに感づいた様子をみせる。


「ワタシはただの鋳造物、人間ではないのです」

「……人間じゃないって、言われてもな」


 グランドマルクティアは業欣で造られていた鋳造物だ。


 性別があるとは思えない。しかしレムの外見は、完全に人間の女の子にしか見えないのだ。


「他の方法ってない?」

「あります」


 図らずも、新しい情報を知る事が出来た。


「それじゃあ――」

「ですがルーラハは、口から取り込むのが最も効率的なのです」


「なるほど。それなら――」


「供給自体は誰からでも可能ですが。好ましいのは契約者のルーラハとなります」


 レムの真っすぐな視線を受け止めきれず、ヨスガは思わず少し視線をずらす。


「分かった。ボクのでよければ、好きなだけ搾り取ってくれ」


 代償は何でも払うと言ったばかりだ。今さら撤回するつもりもない。


「助かります。納得して頂けたのですね」

「ああ、うん。……けど一つだけ、先に言っておく」


 業光の供給に関して変わらない考えを伝えておく。


「理屈は分かったけど割り切れない。物だとか言われても、ボクはずっと慣れないと思うよ」


 例え相手がゴウレムだったとしても感情があり、意志疎通も出来る。


 それがただの鋳造物であるはずがない。命を持ったレムは人間と変わらない存在だ。


「……キャストールは、鋳造物に劣情を抱く危ない人間なのですね」

「あれ、なんか怒ってる?」


 ヨスガと顔を合わせないように、レムは背を向けた。


「いえ。ですがルーラハの供給で躯体に熱が籠っているのです。外に出て冷やしてきます」

「出かけない方がいいんじゃ――」


 心配するヨスガの言葉に足を止めることなく、レムは工房から出ていった。


「……いってらっしゃい」


 ベッドから腰を上げてレムの後ろ姿を見送ると、身体の力が戻っていると気づいた。ヨスガは寝具から立ち上がって、地下の作業台へ移動する。


 一人きりになるのは久しぶりのように思える。誰もいない工房の中で、これまでの出来事を思い返していく。


「あの時の剣……」


 右手の鍍金が剥がれたと同時に現れた、使い古された業欣の剣。鏨のようにも見えた剣は、イェフナや司教が手にしていた律業の楔とも形状が似ていた。


 右手から出現したということは、業欣の鍍金に熔けて混ざり、自分に宿っている。そう考えるのが妥当だろう。


 そういえば剣について、詳しく聞けずにいたままだ。後で改めて、レムに教えてもらおう。


「……そうだ」


 休める時に休んでおくべきかとも考えたが、今は考えることが多すぎて眠れそうにない。躰を動かしていた方がマシな気がする。


「やるか……」


 作業に没頭していれば、頭から離れない様々な不安を忘れられるだろう。


 そんな風に、気持ちを切り変えた。

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