第3話 矛盾の選択

「業が満ちたか……。ヨスガよ、貴様はアレクセイと共にの排除に迎え」


「……助けてもらって感謝してます。だけど貴方の言うことは聞けない」


「ならば多くの民が、の犠牲になるぞ。貴様はそれを容認するのか?」


 フォルネリウスの問いかけに、ヨスガは口をつぐむ。その間にも奇妙な感覚は強まっていた。


「気が乗らぬ、か。だが刹那的な感情に過ぎぬ。ゆくゆくは貴様から望むだろう、


 フォルネリウスは玉座から立ち上がり、ゆっくりとヨスガに近づいて手を差し伸べた。


「余の庇護を受けずのたれ死ぬか、剣となり新たな生を全うするか……返答は決まっていようが、自らの言葉で誓うといい」


 ヨスガは一呼吸ほどの間をあけて、フォルネリウスの手を掴まずに答える。


「どっちも選べません」

「……余の申し出を拒むか。であれば、貴様の存在価値は消えるぞ?」


 利用価値を失ったヨスガに、この国で生きる術は存在しない。


 フォルネリウス王の発言を理解したうえで、はっきりと自らの意志を伝える。


「ボクは、マルクティアの人達を守る剣になりたい」


 敵を排除する剣ではなく、人を守る剣となる。


 それならば自分は頑張れる。誰かを守り、力を尽くしたいと思える。


 絶望の中で生まれた目的。


 ゴウレムの契約者となったヨスガは、唯一の指針を見出す。


「守るだと? そのために敵を殺すのが剣の在り方よ。くだらない矛盾を語るな」


「誰かを殺すために生きたくない。矛盾していても……自分なりに考えながら、ボクでも誰かを守れるって証明していきます」


「……ならば貴様は、余にとって不要だ」


 フォルネリウスの手が伸び、頭を掴まれるヨスガ。そして全身が高速で熔け始めていった。


「――っ!」

「これが余の、王の力」


 存在が曖昧になっていく耐え難い不快感。全身を駆け巡るそんな感覚に、苦悶の声を上げる。


「ぁっ、ぐっ……! お願い、します……」

「もう一度だけ聞こう。余の命に従い、敵対する者全てを屠る。ゴウレムの契約者として……いや、ただの道具として力になってくれるな?」


「い、いま……今だけは……この、気配……」

「何?」


 この奇妙な気配を放っておけば、またよくない事が起きる。そんな確信があった。


 もう絶対に、降誕祭のような被害は出さない。出してはだめだ。


 自分の存在が熔けて、世界に混ざり合っていく恐怖。当然消えたくはない、


 そんなこと、大勢の人間に憎まれることになった今でも思わない。でも――


「消えるならっ……! 一人でも多く、誰かを助けられた……その後に……!」

「余を悉く失望させたな。一時でも契約者の恩恵を得た栄光を胸に抱き、この世界から滅するがよい」


 加速する鍍金の熔解と肉体の消滅。


 意識が消えかけたその時、グランドマルクティアの細い手が、フォルネリウスの腕を掴んだ。


「ワタシの契約者です。手を出さないでください」


 そうしてヨスガの頭から、ゆっくりとフォルネリウスの手を引きはがしていく。


「――っ……フォルフヨーゼの所有物が、王たる余に気安く触れるなど、許されぬぞ」


 腕の骨が軋む音が、解放されたヨスガにも聞こえてくる。


「主に敵対するつもりか、王国の残骸」

「この契約者、キャストールに危害を加える存在全てを、ワタシが撃滅します」


 グランドマルクティアが手を離すと、フォルフヨーゼの王はよろめいて後退する。


「この場はお任せください」

「ありが、とう……」


 不思議な硝煙と共に鍍金が修復されていく。


 ヨスガはフォルフヨーゼの王と仮面の罪徒に背を向け、胸をざわつかせる気配の元に向かって走り出した。


 王宮から抜け出す扉を探すため、謁見の間を出たヨスガは広大な中庭を駆ける。


 その進行を阻むように現れた、黄金の翼を持つ数体の彫刻達。


 建てられた建築彫刻の像からも翼が生えていき、その数は増え続けていく。


 翼使の彫刻は、ヨスガを取り押さえるのが目的なのだろう。


 先導して迫った翼使の彫刻をヨスガは片手で突き飛ばし、壁へ叩きつけた。


「この力――」


 自分に備わった怪力を実感する。その直後、翼使の彫刻が一斉に襲い掛かってきた。


「しゃがんで下さい」


 彫刻達を、ヨスガを追って割り込んだグランドマルクティアが豪快な蹴りの旋回で吹き飛ばす。


 その両足には、業光が揺らめく鎧をまとっていた。


「どうして……?」


 助けられたのは、これで二度目。しかしヨスガはゴウレムの契約者として、マルクティアの剣になることを選ばなかった。


 なのに、こうして駆けつけてくれる理由が分からない。


「ワタシにはキャストールの力が必要だから。いい所を見せたかったのです」


 ゴウレムは真顔のまま、ヨスガに振り返って言った。


「ワタシも降誕祭に興味はない。なので人を守る剣に加勢します」


 大地の守護神と呼ばれていたゴウレムは涼しげに微笑んだ。


 イェフナの傷を癒してくれた時。僅かに意思疎通を交わしただけだった状況とは違う。


 契約関係となり、お互いの立場は変わっている。


 だからこそ、ゴウレムの言葉を信頼することが出来た。


 会話の間にも、宮殿の彫刻から黄金の翼が生えていく。


 追い詰められた状況を脱するための行動か、ヨスガはゴウレムに軽々と抱きかかえられる。


「ちょっ、グランドマルクティア!?」

「ワタシの呼称なら、ゴウレムで構いません」


 単調な呼び方すぎて、何となく空しさを感じてしまう。


「えと、じゃあ……レムって呼ぶけど! 何してんの!?」

「気配の元に向かうなら、こちらの方が速いです」


 両足に纏う鎧の先に業光を集束させ、レムは溜め込んだ力を勢いよく解き放った。


 一息で宮殿の上空に舞い上がり建造物の屋根に着地すると、ヨスガ達は嫌な気配を覚える場所へと向かっていく。

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