第2話 マルクティアの剣

 長く綺麗な白髪と、澄みきって透明な瞳。


 整った顔立ちで凝視され、ヨスガは思わず視線を逸らす。


「目を逸らすな。そこのゴウレムは、貴様が鋳造したのだろう」


 フォルネリウスの言葉に驚き、視線を向け直す。全身を改めて見るが、どう見ても人間の異性にしか見えない。


 そんな彼女を指して、フォルネリウスはゴウレムと呼んだのだ。


「この子が、ゴウレム……?」

「ワタシを修復した人間。キャストールですね」


 驚くヨスガに、涼しげな表情だった女が僅かに微笑んだ。


「やっと、会えました」


 女型のゴウレムに、ヨスガは優しく抱きしめられる。すると鍍金に覆われた躰の内側から、ある感覚が蘇ってきた。


 体内の業光が失われ、存在そのものが消滅していく感覚。

 

 彼女はグランドマルクティアだ。ヨスガがそれを間違うはずがない。


「そっか……やり遂げたんだ」


 グランドマルクティアはゆっくりと身体を離し、肯定するように頷いた。


 ヨスガを見つめる瞳が一瞬、虹色に発光する。


「キャストールのおかげです」


 感謝します。そう言ってゴウレムは丁寧に頭を下げた。


「いいんだよ。あれは、したくてやったことだから」


 原型鋳造の力を用いてゴウレムの修復を成功させた。


 その事実を認識できたヨスガだが、大きな疑問は残る。


「でも、どうして人型に……」

「グランドマルクティアの核に触れた貴様が、原型鋳造で本来の形に戻した。それだけのことよ」


 フォルネリウスは僅かに顔をしかめて、あっさりと答えた。


 つまりゴウレムと呼ばれていた存在は、人間の女の子――


「妙な思い違いをするなよ。姿形は人間だが、ゴウレムである事実に変わりはない。故に貴様は、マルクティアの剣となった」


 ヨスガの意識が、傍にいるゴウレムからフォルネリウス王との会話に引き戻される。


「貴様は、ゴウレムの新たな契約者だ」

「契約……?」


「そう、かつての律業の巫女セラフィストと同様。ゴウレムと小径パスで繋がり、人の身を超越した。降誕祭によってグランドマルクティアに蓄えられた膨大なルーラハ。その多くは原型鋳造の際に失われてしまったが、未だ躯体には十分な業の光が満ちている。それが貴様の肉体にも流れ込んでいるのだ」


「そう……なんですか」


「ゴウレムの再鋳造を行った際にでも、律業の力が覚醒したのだろうよ。小径を接続できるのは、系譜でなければ不可能だからな」


 悪い冗談としか思えない。どこか他人行儀で、フォルネリウス王の話を聞いてしまう。


「王の敵を討つ矛として資格を得た。フォルフヨーゼの脅威を排除することが貴様の命題だ」


 更新されていく情報がとても多い。


 何とか頭に入ってきたのは、これまでにはなかった力を手に入れた。と言うことだけだ。


「今この国に、いや……余に仇を成す反逆者共がのさばっている。そやつらを消し余は一刻でも早く、再び降誕祭を行わねばならない」

「――……え?」


 思わず聞き返してしまう。


「なに言ってるんですか」


 あんな事態になったのにも関わらず、フォルフヨーゼの王はすぐにでも降誕祭を行うつもりだと言う。


「降誕祭も確かに大事です。……だけど、それでも優先するべきじゃない」


 広場の惨状。傷ついたイェフナの姿が脳裏をよぎる。


 ゴウレムが暴走した原因、あのどす黒い光の正体だって分かっていない。


 同様の現象が起こる可能性は十分にある。


 あの悲劇を繰り返す危険があるなら、現状で降誕祭をやり直すなどありえないだろう。


「グランドマルクティアへの祈りは国の繁栄を維持するため。幾度も続けられてきた伝統の祭事。それを打ち切るなど、あり得ぬ」


「だからって……――」


 言いかけた途中。奇妙な感覚が、ヨスガの全身を駆け巡った。


「嫌な気配です」

「……我が主よ、奴らを感知しました」


 それは隣にいたゴウレムと、アレクセイも同様らしい。


 グランドマルクティアに溶け込んでいった、どす黒い光の集合体。


 ヨスガに振り返って微笑んだ時の姿が、ふと脳裏に思い浮かんだ。

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