第4話 新生ガイアナーク
ヨスガが目を覚まさなかった七日間。マルクティアの世情は大きく変わっていた。
フォルフヨーゼの総覧者として君臨するフォルネリウスの権力は、今や絶対ではない。
大地の守護神の暴走。降誕祭が失敗し、数多くの犠牲者が出た。甚大な被害を発端とし、王に反旗を翻す者が現れたのだ。
反乱分子は宗教団体、ガイアナーク。
これまで大地の守護神や律業の巫女を信仰し、崇めていた教団は、ある個人を新たに祀り上げて思想を変貌させていた。
全て律業の巫女の御心に従う。さもなくば、大地の嘆きを受け入れるのみ。
その思想の元、新生ガイアナークは活動を始めた。
荒れ果て、見る影もなくなった更地。そこはかつてガーデンと呼ばれていた跡地。
多少の安全が確保された一帯に広がるのは、棺の山だ。
一つ一つの棺桶の近くに佇む人々。その面持ちはどれも暗く、悲しみに満ちている。
その中央。グランドマルクティアが鎮座していた場所に建てられた、巨大な柱の建造物。
所々草花が生い茂る柱の頂上には、新生ガイアナーク教団の人間が立っている。
黒い修道服に身を包み、フードを目深に被った十数名の教団騎士。
集団の中で一人顔を晒しているのは、汚れのない白い修道服を羽織り、分厚い経典を携えた初老の聖職者だ。
「新生ガイアナーク司教、このオリィヴ・フラッドにどうか、耳を傾けてもらいたい」
司教は葬儀の為に集まった市民を見下ろしながら、慈愛に満ちた声で演説を始める。
「我らが守護神を祝福するべく集まった、およそ二百名以上。多くの善良な人間が大地へと還ってしまった。だが、悲痛に顔を歪める必要はありません。顔を上げなさい、業に囚われし哀れな魂達よ。グランドマルクティアの暴走は未曽有の災厄でしたが、同時に世界を救済に導く啓示でもあった。我々の意識を浄化するため、この場に眠る者達は必要な犠牲だったのです」
見渡す限りの傷跡。それを視界に収めながら、司教は一人声を大にして語り続ける。
「ただ犠牲になったのではない! 業を清められ、楽園へと旅立ったのですよ! 我々が生きる世界、ニルヴァースは監獄だ。楽園へ導かれた選ばれし魂達は祝福されるべきでしょう!」
独善的な高説。司教の言葉は語るにつれて理解が出来なくなっていく。
「解き放たれた者達を讃えられるのは、再びガーデンに集まった我々だけです。大切な誰かが大地へ還った時、導いてくれてありがとうと、律業の巫女に感謝を告げる。感謝こそが、我々の存在を聖煉者へと昇華させるのだ! 新生ガイアナークの教えを信じなさい。それが我々の唯一すべき、この世界への奉仕となるのです!」
会場に集まっている誰もが、新たなガイアナーク教団の思想に嫌悪感を抱いた。
怒号さえ飛ばず、静かに涙する音だけが聞こえる。
「黙りなさい!」
発せられた、力強い一声。
黙って聞くには堪えられず、柱の建造物の前へ身を乗り出した金髪の少女。
司教を見上げ、凛々しく品のある雰囲気を漂わせながら声を上げる。
「これ以上、おかしな妄言はおやめさない!」
「妄言ではありません。そう聞こえてしまうのは、お嬢さんの魂が、悪しきルーラハに囚われているからです」
「話は長いし、言っている意味も分からないわ。一つだけはっきりと言えるのは、あなた方はこの場にいるべきじゃないってことよ!」
「おぉ可哀想に……。貴女の魂は悪しき業、クリフォライトに染まり切っている。ならば救える方法は一つだけ――」
控えていた黒い教団騎士の一人が地面に降り立つ。腰に巻かれる鞘から、儀礼剣が抜きだされた。
騒めく会場。しかし当事者である金髪の少女だけは、凛とした態度を崩さなかった。
「わたくしは、そんな脅しに屈しない……。お母様が生きていたら、きっと同じことをしたはずだもの!」
目を逸らさず、瞬きすらせずに、少女は血に染まる儀礼剣が振り下ろされるのを見つめ続ける。
だが、その凶刃が少女に触れることはなかった。
間一髪で割り込んだヨスガは、儀礼剣の刃を鍍金の施された腕で受け止める。
「その金属の先端でも、この人に触れさせない」
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