Final:新たな現実

 翌日は、土曜日。

 の、はずだったが、スマホを見たら二週間前の木曜日に戻っていた。

 その日付は、忘れようもない、悠から「恋人が出来た」宣言をされた日だった。


(元に戻ったんだ……)

 それに気づいた途端、心と体が鉛のように重く固く感じた。

 しかし学校へは行かなければならない。放課後に、どんな辛い話を聞かなければいけないとしても。

 引き摺るようにベッドから出て、支度を始める。食欲なんてまるでないが、全く食べないと母親がうるさい。目玉焼きだけ口に突っ込んだ。

 そろそろ出かけようとしたところで、悠の出迎えを告げるインターフォンが鳴った。


「はよー。行くぞ」

「おはよ……」

 いつもと、絶交する前と変わらない悠の様子に、これが見納めかと思うと泣きそうになりながら、必死にこらえて一緒に登校した。


◇◆◇

 

「深雪」

 下校準備をしていたら、悠が声を掛けてきた。

「ちょっと話があるんだ。一緒に帰れるか?」

 ひゅっと息を飲む。あの話をするつもりなんだ……。

 逃げるわけにはいかない。これは、他人の過去を自分勝手な理由でいじった罰だ。

「うん、わかった」

「じゃ、帰ろうぜ」

 二人で連れ立って教室を出る。

 その後ろ姿を、じいっと見つめる乃愛の視線にも、今の深雪は気づいていた。


 公園に着く。

 ブランコで遊ぶ家族連れも、座ったベンチの位置も、あの日と全く同じだ。

 既視感に呆然としていたら、悠が思い切ったように話し始めた。


「俺、彼女出来たんだ」


 ああ。

 とうとう、聞いてしまった。また、このセリフを。

 この後自分は、怒涛のように罵詈雑言を吐いたのだ。

 恥ずかしさと、自分の身勝手さに吐きそうになったが、ぐっとこらえた。

(同じ過ちは、繰り返してはいけない)

 違う未来の、悠や静香の優しさ、乃愛の哀しみを思い出し、深雪は笑った。


「そっか。良かったね」


 大丈夫、泣いてない。声も、震えていない。

 普通に祝福の言葉を返せたことに、深雪は安堵した。


 しかし―。

 悠は、不審げな顔をした。


「お前、それ、本心?」

「……え?」

「良かったね、っつったじゃん。それ、本気かよ」

 悠のツッコミに、今度は深雪がオロオロした。

「ほ、ほんとだよ……。良かったじゃん。初彼女でしょ?今度会わせて。どんな人?うちのクラス?どこで知り合ったの?どっちから……」

「おい!」

 壊れたように質問を続ける深雪を遮って、悠が叫んだ。

「違うだろ。お前この後、静香さんのことババアとか騙されてるとか、ひでーことたくさん言ったじゃんか。あれやらねーの?」


 ……は?

 だって、それは……?


 知っているはずはない。だってそれは、この後起こるはずだった事実だ。

 事態が理解できず目を白黒させてる深雪に、悠がニヤッと笑った。


「俺、忘れてないぜ」

「……な、何を?」

「全部。つか、両方?」

「……は?」

「この後、お前と絶交するんだよな。でもなぜか次の日は1日戻ってて、俺たち付き合うことになってんだよ。で、土曜日にお前に付き合ってバトミントンの練習して、お前がコケて怪我して、そんで……」

「待って、待って待って!」

 深雪は頭を抱えて、悠を止めた。

「な、なんで?何で知ってるの?」

「知らね。でも、覚えてる。全部」

 悠はと同じように、ポン、と深雪の頭に手を置いて、優しく笑った。

「俺が付き合うのは、柊深雪。ってことにしてもらったよ。あの兎に」


 月兎―ムーちゃん?!


「食えない兎だな。本当に好きなのは、ずっと一緒に居たいのは誰なのかもう一度考えろって言われたよ。ついでに夜食のリンゴも持ってった」


「考えた。寝ずに考えた。で、分かった」

 深雪の頭上に置いたままだった手を動かし、深雪を抱き寄せた。


「お前なんだよな、やっぱり」


 どこかで、兎がリンゴをしゃりしゃり齧る音が聞こえた気がした。



                                  ―了―

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青いヒヤシンスは夜に咲く 兎舞 @frauwest

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