24:月明り

「悠が付き合うはずだったのは、静香さんだよ」

 堰を切ったように、深雪は言葉を続ける。

「図書館で知り合って、本の紹介や感想を交換するうちに好きになった女子大生だって言ってた。きっと静香さんだよ」

「私は……悠が取られると思ったの。悠は、自分のものだって思ってた。何の根拠もなく。それが、自分の知らない人に取られると思ってパニックになった。何とかして悠を引き留めたくて…ひどいことを言った」


 おばさんだ、騙されてる。

 あの日、自分が悠に投げつけた言葉が深雪の中で甦り、逆に深雪へ投げつけられる。

「もちろん、悠は怒った。ていうかブチ切れた。そして……二度と私の顔なんか見たくないって言ったの」

 まったく記憶にない自分とのやり取りを話す深雪を、月兎以上に不思議な存在のように、悠は見つめていた。

「それが辛くて……苦しくて。どうしても現実を受け入れられなくて。そしたらムーちゃん、じゃない月兎が助けてくれたの」


「俺の過去を操作すること、か?」

 冷え切った悠の声音に、月兎は目を細め、深雪はビクっと肩を震わせた。

「本来なら、お前じゃなく、俺は静香さんと付き合ってた。お前とは、絶交してた……」

「……うん」

「……で?」

「え?」

「その話をするためだけに俺を呼んだのか?話してしまえば、嘘をついて時間が戻ったりしなくても、俺の気持ちが変わるとは思わなかったのか?」

「思った。というか、元に戻したかったの」

 意外な答えを聞いて、悠はじっと深雪を見つめた。

「みんな、自分に正直に、それ以上に周囲の人を気遣って自分を抑えて頑張ってるのに、私だけ月兎に頼って甘えて願い叶えてもらって…。ずるいじゃん、そんなの」

 その通りだ。というか、過去を変える前にそれに気づかなかったのだろうか、と悠は思った。

「悠が優しくしてくれるの、すっごく嬉しかった。嬉しかった分……だんだん辛くなってきたの。だって、本当だったら悠の優しさは私がもらうべきじゃないのに」

 昨日初めて会った静香を思い出し、深雪は涙が滲んできた。


「だから……もとに戻してほしいって、月兎に頼んだの」


 悠は、やっと全てを飲み込んだ。

 しばらくそのまま座っていたが、改めて月兎を見た。

「で?深雪がそう言うってことは、近いうちに元に戻るのか?」

「ああ。明日の朝には、僕が関与する前の状態に戻る」

「……分かった」


 それだけ言うと、悠は深雪を一顧だにせず、部屋を出ていった。

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