23:事実

 翌日の帰り道。

「悠、今夜、ヒマ?」

 唐突な深雪の提案に、悠は驚きつつ頷いた。

「ああ、ヒマだけど」

「じゃあ、うちに来てくれる?」

「お前んち?いいけど…なんかあんの?」

「ん…、ちょっとね。悠に会ってほしい人がいるの」

 人、じゃないだけど、いいか。驚くだろうなぁ、悠。

 その時を想像すると、この深刻な場面なのに深雪は笑みが漏れそうだった。

「夜だぞ。他人がいるのか?」

「他人、っていうか……。悠も会えばわかるよ。…来れる?」

「……分かった。じゃあ、メシ食い終わったくらいの時間でいいか?」

「うん、待ってるね」

 じゃあ、と、互いの家へ入っていった。


◇◆◇


 夜8時。

 今夜も月が綺麗に輝いている。そろそろ満月か。しかし今日は違ったはずだ。


 ピンポーン!


 柊家のインターフォンが鳴る。

 あらあら悠君じゃない、どうしたの?あの、深雪に呼ばれて…。あらそう、深雪ー!悠君よー!

 母が深雪を呼ぶ。よし!と気合を入れ、階下へ悠を迎えに行った。


「ごめんね、遅い時間に」

「いや、いいよ。つーか誰なんだよ、マジで」

「まあいいから……。じゃあ部屋行こ?」

 二人で深雪の部屋へ行く。月兎を母に見られるわけにはいかないから、お茶とかは要らないよ、とだけ伝言する。


 ガチャリ。

 ノブを回してドアを開けると、深雪の部屋は真っ暗だったので、悠は驚いた。

「誰もいないじゃん、お前……」

 揶揄ってるのか?と続けようとした悠の声に被さるように、月兎が声を上げた。


「やあ、悠。久しぶり。というか、はじめまして、になるのかな」


 部屋の真ん中、深雪が飼ってる兎のムートンのケージの上に、ムートンが乗っていた。

 しかしそれは、悠が知るムートンではなかった。

「僕は、月兎。今だけはそう呼んで欲しい」

 兎が喋って自己紹介した。その事実に、悠はパニックになりそうになり、慌てて深雪を振り向いた。しかし深雪は至って冷静で、勉強机の椅子を回して悠に座るよう促す。


「今日は悠に言わなきゃいけないことがあって、来てもらったんだ。深雪から話しても良かったんだけどね。それだときっと悠は信じないのではと思って、直接僕から話すことにしたんだ」


 何が何だか分からない。唯一の頼みの綱の深雪はベッドに腰掛けたまま俯いて悠を見ようともしない。

 そして悠の戸惑いを無視して、“月兎”と名乗る兎は話し続ける。


「最近、深雪と付き合い始めたね」

「それは、実は事実と異なる」

「本来なら、君の恋人は、深雪じゃない。違う人のはずだったんだ」


 淡々と語り始める兎の話に、悠はいつしか聞き入ってしまい、当初の混乱も忘れていた。




 月兎が全てを話し終えて、悠を見上げる。

「……ということだ。あの日、悠と深雪が絶交した日から、運命が二手に分かれた。僕が手を加えた。深雪の願いを叶えるために。ただし深雪には条件を付けた。嘘をついてはいけない、と。それは自分の気持ちに対しても、方便だとしても」

「思い当たることが、あるんじゃないのか?」


 この数週間の、深雪の不審な言動に、悠は少しずつ合点がいき始める。

 嘘をついてはいけないも何も、スタートが喋る兎だ。説明のしようもない。

「じゃ、本来なら、俺と深雪は付き合ってなかった、ってことか?」

「そうだ。君は違う女性に恋をした。そして想いが通じて付き合うことになっていた。その矢先のことだ」

「それって……」

「静香さん」

 それまで黙っていた深雪が、声を上げた。

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