19:ズレ

 帰り道、深雪と一緒に帰りながら、悠は乃愛から聞いた話を反芻していた。

(俺と付き合うことで、深雪におかしな負荷がかかってるとしたら…)

 悠は、深雪に変わってほしいなんてこれっぽっちも思っていない。もしそのままの深雪を好きでないなら、付き合ってほしいなんて思わない。

 自分にないものをふんだんに持っている深雪そのままで、そばに居て欲しいと思ったから。

 なのに。


 朝の早起きや宿題のこと、図書室の本のこと。言われてみれば誰かに指摘されたと考えれば合点がいく。

 昨日理由を聞いたときに深雪が答えを濁したのも、自分に気を使ってのことだとしたら…。

 楽しそうに今日借りたドラマの原作本の感想を話す深雪の笑顔が、急に痛々しいものに見えてきた。

 

「深雪」

 彼女の話を遮り、悠が深雪に向き直った。

「お前さ…」

 ん?と首をかしげる深雪を、悠は無意識に抱き寄せた。

 驚いて固まる深雪の頭に、囁くように語り掛ける。

「無理は、すんなよ」

「む、無理?」

「お前が朝弱いのも、世界史が苦手なのも、本を読むよりテレビ見るほうが好きなのは俺はよく知ってる。知ってて、お前が好きなんだから」

「…うん」

「誰かに、言われたのか?俺に合わせろ、とか、そういうの…」

 深雪はハッとして、悠の胸から顔を上げた。

「違うよ!誰も何も言わない。私が自分で決めたこと。今まで、悠におんぶにだっこだったから…」

「別にいいんだぞ、そんなの」

 悠は頭一つ小さい深雪を撫でながら、淋しそうに微笑んだ。

「今まで通りおんぶしろよ。お前を負ぶうことが出来るのは、俺だけなんだから」

 悠の微笑みがあまりに優しく大人びて見えて、深雪は今の状況が急に恥ずかしくなった。

「わ、分かった!じゃあ今まで通り!甘える!」

「宣言するなよ、そんなこと…。俺は、今のままでも深雪がしっかりするのも、どっちでもいい。ただ、無理はしてほしくないんだ」

「…今も無理なんてしてないよ?」

「本当か?」

「うん。だって…悠と一緒に居られるから」


 そうなのだ。一度絶交されて、それがよく分かった。

 早起きも、苦手科目も、読書も大した問題ではない。何が辛いって悠のそばに居られないことだ。悠のそばに居られないのに普通の顔をして生活しなくてはいけないことが、深雪にとっては一番の「無理」なのだ。

 あの時の胸の痛みと苦しさは、絶対に忘れられるものではない。


 深雪の言葉に、悠は不思議そうに首を傾げた。

「一緒に居るなんて当たり前のことだろ」

「…っ!」

 深雪は、良心が痛むのを感じた。

 当たり前だった、先週までは。でもそれをぶち壊した挙句、悠の過去を捻じ曲げて自分の欲を押し付けた。

 本来なら、悠の優しさは、他の人に向けられるものなのに。


(私は他人の幸せを横取りしている…?)


 どんどん顔を青ざめさせていく深雪に、ますます不安を募らせる悠は、少し離れ深雪の両肩に手をのせ、顔を覗き込んだ。

「どうしたんだよ、ほんとにお前らしくねぇぞ」

 正面から見ると今にも泣きそうになっていることが分かって、更に驚いた。


(俺が守るって、決めたばかりなのに…)

 永遠に輝き続ける太陽が突如陰ったような心許なさを悠を覆った。


 気が付いたら、顔を深雪に寄せていた。

 深雪の大きな目が更に見開かれ、そのせいで溜まっていた涙がするっと流れた。

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