17:図書室

 翌日も余裕たっぷりに朝の準備を終えていた深雪に声を掛け、悠と二人登校した。無論前日同様ほとんどクラスメイトはまだ来ていない。

 深雪は昨日一人では出来なかった課題を抱え、悠に近寄った。


「あのさー…、昨日の久保センの課題で分からないところがあるんだけど…」

「なんだ、やっぱりあったのか」

「う…、だって世界史苦手だもん」

「いや、もっと早く泣きついてくるかと思ってたんだ。どこだ?」

「うん、あのね…」


 悠の隣の席を借りて、朝の自習が始まった。

 クラス一のムードメーカーの深雪が、空き時間に遊ぶことなく勉強を始めたことに、まだ少ないクラスメイトも騒然とした。


「柊が勉強してる…」

「ていうか自分で宿題やってるぞ」

「悠のノート待ちじゃないなんて!」


 深雪に対して失礼甚だしい囁きに、悠は吹き出すのを懸命に堪える。なぜなら目の前の当人は、そんな声など聞こえていないように資料を睨め付けているからだ。こんなに真剣な表情を無駄にしたくない。


(何してても影響力が大きいよな、深雪は)


 遊ぶ時も盛り上がるときも怒るときもいつでも全力。それが鬱陶しいという人もいるが、大抵は勢いに飲まれて深雪と同調する。

 基本単独行動が多い悠には絶対真似出来ない、深雪の長所だ。

 その証拠に、さっきまでおしゃべりに興じていた連中が、次々とノートを取り出した。登校してきた他生徒も、最初は驚くがそれに倣う。


 そろそろ悠の隣席の生徒も登校するだろう。深雪に声を掛け、校内の図書室へ移動した。


◇◆◇


「すごーい、本がたくさん」

「当たり前だろ、図書室だぞ」

「でも学校の図書室って、もっとしょぼいかと思った」

「まあうちは蔵書が豊富なほうだろうな。司書の先生が心広くてな、ライトノベルとか漫画もあるぞ。手塚治虫とか浦沢直樹とかだけどな」

「そうなの?!じゃあ買わなくても学校で読めるんだ」

「ああ。ていうか知らなかったのかよ」

「一度も来たことないもん。本なんて読まないし…」

「前から気になってたんだけどさ、お前、一人でいるとき何してんの?」

「一人でいるとき?」

「ああ。家で自分の部屋にいるとき。俺は大抵本読んでるけど、お前って本読まないしゲームもやらないし」

「うーん、乃愛達とグループチャットやったり、ママとテレビでドラマ見たり、かな」

「なるほどな」


 悠は少し離れた書棚へ行き、数冊の文庫本を持ってきた。

「これ、先月までやってたドラマの原作」

「あ、知ってる!ママと見てたよ」

「ラストがドラマと原作で少し違うんだ。俺は原作のほうが好み。時間があったら読んでみれば?」

「ありがとう!」


 正直、本を読む習慣がない深雪に、上下巻の文庫本はかなり荷が重い。しかし悠との共通点を得られたことで、また少し自分が変われたような気がして嬉しかった。


 一方、悠は。


(やっぱり変わったな。前だったら「面倒くさい」とかいって突っ返してきたのに)


 と、深雪の変化を再確認していた。

 貸出しの手続きを一緒に行い、端のテーブルを使って宿題を再開した。

 口をへの字にしてウンウン言いながら悠の説明に合わせてテキストを読み進める深雪に、悠は、今までになかった温かみを感じ始めていた。

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