16:疑問
帰宅後、悠もさっそく宿題に取り掛かった。
科目は悠が得意な世界史だ。皆は悲鳴を上げていたが、悠にとっては趣味の延長のような楽しさがある。
カリカリとシャーペンを走らせながら、窓から向かいの家―柊家―を見遣る。
(どうしたんだろう、深雪は)
何せ生まれたときからずっと一緒だ。深雪の性格は、深雪の両親より悠のほうが熟知している自負がある。朝ぐずぐずするのも、宿題をコツコツやる性格でもないことは今更だ。
それがこの変化だ。しかも1日で。
(何かあったのかな…)
普通に考えたら深雪の性格はやっかいだ。特に悠のように「自分のことは自分でやる」性分の人間からすると、他人におんぶする量が多すぎる。
しかし悠にとって深雪は、「普通」から切り離された存在だった。どんなに甘えてきても、何故か深雪なら受け入れられた。深雪が誰彼構わず甘える子ではないと知っているから。
自分だからこそ甘えてくるのだと、いつからか認識していた。そのことが悠が深雪を特別視する根拠にもなったし、深雪の甘えを受け止めることが出来るのは自分だけだと思っている。
その深雪が、今日は悠に甘えなかった。
(何かあったんかな、あいつ…)
気になって宿題に手が付かない。
(とりあえず、本人に聞いてみるか)
家に行くことも出来たが、きっと一人で宿題と格闘しているのだろう。せっかくのやる気を邪魔したくない。
悠はスマホを取り出し、深雪へメッセージを送った。
◇◆◇
(やっぱり悠に教えてもらおうかな…)
宿題に、すでにギブアップ気味の深雪の許へ、悠からのメッセージが届いた。
『お前なんかあったのか?』
ドキッとした。その短いメッセージで、今日から始めた深雪の変化に、悠が気づいていることに気づいた。
何かあった…。大ありだ。
悠の過去を操作した。結果として心も。月兎は心に手を加えてはいないと言っているが、過去が変わった結果として気持ちが動いたなら、心を変えたのも同義だ。
そして得られた環境の中で、深雪は己を振り返り、悠にまた嫌われるのが怖くて、変わることを決意したのだ。
しかし、正直に話すわけにはいかない。大体ムーちゃんが月兎で悠の過去を変えた、なんて言って理解するわけない。信じるはずがない。でも嘘は吐けない、今の深雪は。
まだ陽は高い。月兎に助けを求めることも出来ない。
(ど、どうしよう…なんて返事しよう)
メッセージは開いてしまった。悠には「既読」表示が出ているはずだ。間を開けると余計不審がられる。
『なんかって?』
考えあぐねて、すっとぼけることにした。実際、深雪が想定したことを指していると断言も出来ない。
『急に変わりすぎ。誰かに何か言われた?』
悠から即返事が来た。ああやっぱり…。
『誰かに言われたっていうか…、今までダメダメだったな、って思って』
『今更だな。まあ深雪も大人の階段昇るか?』
『同い年じゃん!』
『精神的には違うだろw そういうことなら頑張れ』
『ありがとう』
『素直だな、気持ちわりぃw 困ったら言えよ?』
『だね。悠は彼氏だもんね』
『おう』
何往復かして、お互いのメッセージは止まった。
(これで納得してくれたかな…。反省したのは嘘じゃないから、嘘を吐いたことにはならない、よね?)
夜になったら月兎に聞こう。それだけ決めて、深雪は宿題に向き直った。
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