15:変化

 月曜日。悠はいつも通り深雪を迎えに行った。

 だが。

 いつもなら悠が来た時点では朝食を食べているか、カバンの中身を揃えたりしてバタバタしている深雪が、準備万端整えて待っていた。


「悠おはよー」

「ああ。あれ?どうしたの?」

「どうしたの、って?」

「ちゃんと準備出来てる」

「…普通じゃん」

「他の人はね。深雪は普通じゃない」

「えーーー?」

 二人の会話を聞いていた母親が笑いながら出てきた。

「ねー。びっくりでしょ。今朝は起こしに行く30分も前から起きてたのよ」

 悠は二度びっくりして深雪を振り返った。

「起こされないで起きたのか??」

「二人とも!!私だって頑張れば出来るもん!」

「今までは何だったんだよ…」

 遅刻ギリギリまで引っ張る深雪の尻を叩いて朝の準備を手伝って始業に間に合うように学校まで引きずっていくのが悠の日課だったのに。

 悠の顔を見て、彼が何を考えているのか深雪には手に取るように分かった。その分恥ずかしさも倍増した。

「いいの!これから頑張るの!ほら、悠行くよ!」

「あ、ああ…。じゃあおばさん、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい。悠君、いつもありがとうね」

 深雪の母に見送られ、普段よりずっと余裕がある時間に家を出ることが出来た。


◇◆◇


 教室に到着すると、まだ2,3人しか来ていなかった。

「あれー?みんないないね?」

「じゃなくて、俺たちが着いたのが早いんだよ」

 頓珍漢な深雪の気づきに、悠は苦笑しながら答えた。

「いつもこうならいいのになー」

 深雪の脳細胞にこのセリフが焼き付いた。


―イツモコウナライイノニナ―


 なるほど!そういうことか!

 昨日月兎に言われた

『ここから先は深雪が努力すべきなんだ』

 という言葉が耳に甦る。

 

 不安なら、自分が努力すればいい。

 悠が喜んでくれるように。


 週末のモヤモヤを解決する糸口を見つけられた気がして、少し深雪の表情が明るくなった。


◇◆◇


 キーンコーンカーンコーン―。

 一日の終わりを告げるチャイムが鳴る。机に縛られる時間からの解放だ。

 しかし、生徒たちの表情は暗い。

 それは―。


「あーもう!久保センの奴ー!」

「びっくりだよね、何この宿題の量」

「普段小テストもしないのに思い出したように宿題出すよね」

「ていうか来週までに終わるの、これ?」


 試験前でもないのに課された大量の宿題に、皆悲鳴を上げている。

 悠は深雪の突撃に備えた。

 が、やってくる気配がない。

(いつもなら、悠やってー!って泣きついてくるのに)

 何も言ってこないことにむしろ不安を覚え、悠から声を掛けた。


「深雪」

「ん?ああ、もう帰ろうか。宿題やらなきゃね」

「あ、ああ…」

 想定外の冷静な返答に、悠が面食らう。

「つか、お前大丈夫なのか?」

「何が?」

「久保センの宿題だよ。いつもなら見せろ・悠がやって、って泣きついてくるのに」

 悠の言葉が過去の自分を白日の下に晒す。恥ずかしさでぐっと言葉が詰まるが、努めて平静を装う。

「い、いつもはそうだったけど…。やっぱりちゃんと自分でやらなきゃいけないと思って…」

「ま、宿題ってのはそういうもんだしな」


 朝といい、急に深雪が大人になったように感じ、悠は違和感を隠せない。

 しかしここで元に戻れというのもおかしな話だ。油断は出来ないが。


「じゃあ、とっとと帰ろうぜ。もしわかんないところがあったら呼べよ。どうせ向かいだ」


 土曜と同じだ。最後まで深雪を追い詰めないで手助けしてくれる。

 悠の優しさを再認識し、もう絶対に甘えるもんかと、深雪は再度こぶしをぎゅっと握った。

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