13:二人らしく
「図書館?」
「ああ。ここから駅までの間に分館があるじゃん。そこに寄るだけだから」
通り道だ。既に取り置きしてもらっている本を借り出すだけだから数分で済む。
問題ないだろうと思って移動を開始しようとした悠は、蒼白になっている深雪を見て驚いた。
「どうしたんだよ…」
怪我が今更痛んできたのかと心配したが、そうではなさそうだった。
「…今日は、出来たら寄りたくないな」
やっと口を開いた深雪は、何故か震えていた。
たった数分の寄り道だから問題ないだろうと思いつつ、深雪の態度に尋常じゃない風を見て取って、悠は頷いた。
「わかった」
絶対拒否られるか理由を問われると思っていた深雪は、あっさり引き下がった悠に驚いた。
「い、いいの?」
「って。行きたくないんだろ、深雪は」
「…うん」
悠の本来の恋人は、悠が図書館で知り合った。
その話を聞いてから、深雪にとって図書館は最大の
(もし今その人と悠が逢ったら…)
そう考えるといてもたってもいられない恐怖と不安で、とてもじゃないが悠の提案を受け入れる精神的余裕はない。
だから、例え1,2分であってもそこへ行きたくない、行く悠を見たくない、行くことを自分が知っている状態で行かせたくなかったから。
でも、今の深雪は嘘をつくことが出来ないから、適当な理由をでっちあげることも出来ない。
正直な理由を言うことも勿論出来ない。では、どうやって悠を引き留めよう。
何も良案が思い浮かばないまま、感じたままに「寄りたくない」と言ったのに、まさかそれで通用するとは…。
有難いが戸惑う深雪の不安顔に、悠は安心するよう言い聞かせるみたいに、重ねて笑いかけた。
「せっかくの初デートだもんな。お前が行きたくないところに行ったら意味ないしな」
ポンポン、と深雪の頭を叩くと、スポーツバッグを二人分担ぎ上げて歩き出した。
「あ!じ、自分の分は持つよ!」
「だーかーら。怪我人だろ。黙って労わられてろよ」
振り向きながら、しかし悠はニヤッと笑うと
「いつもじゃねぇからな、こんなの。次はいつになるか分からないんだから、甘えとけ」
「え、ええー!?彼女なのに、優しくしてくれないの?」
「今更だろ」
ひょこひょこ歩く深雪の速度に合わせてゆっくり移動しつつ、悠が続ける。
「俺たち、ずっとこんな感じだったじゃんか。今更甘々ベタベタって、俺ららしくなくね?」
俺ららしくない―。
深雪は、ストン、と力が抜けたような気がした。
(私たちらしい…)
確かに。悠の言う通りだ。
ふざけて揶揄いあって小突き合って、子犬みたいにじゃれ合って育ってきた。
二人の関係を表す名前が「幼馴染」から「恋人」に変わっただけで、二人の性格や人格が変わったわけではない。
それに何より、今まで通りの関係に戻りたいと願ったのは、他の誰でもない、深雪自身なのだ。
「うん、悠、そうだね!」
つい嬉しくて、ぴょん、と飛び跳ねて悠の腕にしがみついた。いつもみたいに。
途端、コケてぶつけた場所に激痛が走った。
「いっっったぁーーーい!」
「お前は本当に…」
自業自得で痛がる深雪にため息をついて、悠はバッグを二つ右肩に担ぐと、深雪の背と膝裏に腕を当て、抱き上げた。
「ちょ?!悠!」
「痛いんだろ?おとなしくしてろよ。とりあえず家帰るか」
「やだ!外でランチする!」
「じゃあ尚更だ。歩いたら痛みが増す。このまま行くぞ」
「えええ~~?!?!」
そして本当に、その日一日、悠は深雪をお姫様抱っこしたまま移動し続けた。
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