11:後悔…?

 家の前に着き、じゃあ、とお互いの家に入ろうとしたところで悠が深雪に声を掛けた。

「深雪」

 呼ばれて振り返ると少し深刻な顔をした悠が問いかけてきた。

「お前、本当にいいのか?」

 深雪はドキッとしたが、すぐに頷いた。

「…悠と付き合う、ってことだよね。うん、もちろん」

 すると悠はホッとしたように微笑んで頷いた。

「そうか、良かった…。俺たち付き合い長いから、断れなくてOKされたのかと思ってたんだ」

「そんなわけないじゃん…。私は」

「うん、わかってる。ごめんな、変なこと聞いて」

 何故か悠は深雪の言葉を遮って、そういうと手を上げて家へ入っていった。

 

◇◆◇


 その日の夜。

 月兎が現れた。


「どうだった?悠の様子は」

「うん、本当に前の通りだった。しかも付き合うことになってた」

「それが深雪の願いだったんだから当たり前だろう」

「そうなんだけど…。あ、そうだ!悠から告ったことになっててびっくりしたよ」

「どうして?」

「だって、私のほうがお願いしたから、私が告白しなきゃいけないかと思ってたから…」

「全部入れ替えたんだ。本来の悠の恋人には、悠から付き合いを申し込んだ。それに沿ったからな」


 あ、そうか…。

 分かっていたことなのに、ふわふわ膨らんだ幸せな気分に冷水を掛けられたような心地がした。


 今の自分の幸せは、本当は自分のものではなかったはずなんだ。他の人のものだった。それをムーちゃん、じゃない月兎の力で捻じ曲げたのが、今日一日だった。


「何暗い顔してるんだ」

 月兎は後ろ脚で立ち上がって深雪の顔を間近から覗き込んできた。

「深雪の希望通りじゃなかったか?」

 鼻をひくひくさせながら問いかけてくる月兎に、深雪は慌てて否定した。

「違う!違うよ、ムー…じゃない月兎は完璧だよ。完璧に私のお願い聞いてくれた。だから…」

「だから?僕にもここで本心を言えないようなら、約束を守るなんてまず無理だと思うよ?」

「約束?」

「うわっ、もう忘れた?言ったよね、自分の気持ちに嘘をついたら全部元通りになるよ、って」

「…ああ、そうだったね」

「だったね、って…。深雪にとってとても大事なことなんだから、忘れないでくれよ」

「分かってる。ちゃんとメモしてあるよ。でも、今それ関係あるの?」

「だって、口では感謝してるけど、顔が喜んでない」

 月兎はふわふわの前足で深雪の頬を突いた。

「何が気に入らない?不満?それとも心配?」

「不満なんて…。悠、めっちゃ優しかったし。前と同じ、っていうかちゃんとかのじょ扱いしてくれたし」

「じゃあ何?」

「…本当なら、今日悠と一緒にいたのは私じゃなくて例の女子大生なんだな、って気づいちゃった。悠が優しくする相手も、週末の約束を取り付けるのも」

「その女子大生に悠を取られたっていって悠を怒らせて泣いてたのは誰だよ」

 呆れたように吐き出す月兎に、深雪は反論した。

「分かってる!わかってるよ、私が全部望んだことだよ…」

「じゃあ考えるな。今日一日あったことを思い出しながら眠ればいい。今日が現実なんだ。そしてこれが明日からもずっと続く。覚悟しなきゃ、また元通りだぞ」

 

 元通り。

 その言葉を聞いて、深雪は戦慄した。

 いやだ、それは。それだけは絶対に。


 深雪の変化を感じ取って、月兎はやれやれというように腰を上げた。

「全ては深雪が願ったことから始まってるんだ。今更善人ぶるな」


 深雪が驚くほど厳しい言葉を投げつけ、月兎はケージに戻っていった。

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