09:こっちが現実

 ピンポーン!

 翌朝、深雪が朝食を取っていると、玄関のインターフォンが鳴った。

「あらあら、悠君いつも早いわね。深雪、早く準備なさい!」

 母親が悠を迎えに玄関へ行く。

 十年以上繰り返されてきて、ここ数日途絶えていた習慣だ。それが今朝、戻ってきた。

(本当に…叶ったの?)

 驚きで固まったまま玄関の方向を見遣ると、母親と一緒にリビングに入ってくる悠の姿が見えた。


「おはよう、深雪」


 数日前までと同じ、柔らかな悠の声と笑顔。

 一昨日の「二度と俺の前に顔見せるな」と言い放った時の冷たい悠とは別人。

 安心と喜びで、返事も出来ないまま、深雪は泣き出してしまった。


「え、え?ど、どうしたの深雪?なんかあった?」

 おろおろと慌ててティッシュを探しながら慰めてくれる。

 その全てが、『元に戻ったんだ』と実感させてくれる。

(ムーちゃん、じゃない月兎、ありがとう…)

 悠が押し付けてくるティッシュで涙と鼻水をぬぐって、食べる気がなくなった朝食を置き、二人で一緒に深雪の家を出た。


◇◆◇


「おはよー」

 悠と深雪は二人揃って教室入り口で朝の挨拶をして入っていく。

「はよー」

「おーす、悠」

「おはよ、深雪」

 あちこちから返事をしてくれるクラスメイトも、二人が並んでることに何も突っ込まない。それどころか…


「早速旦那とご出勤ですかー?」

 深雪の背に妖怪のようにへばり付く、クラスメイトの真紀。

「昨日の今日で…いいなぁ、ラブラブ♡」

「昨日、って」

 何のこと?

「またまたぁ、昨日悠に告られて付き合うことになった、って私らにLINEくれたじゃん」

(…そういう設定になってるんだ)

 てっきり自分が悠に告白する流れだと思っていたから、悠から、というのが意外だった。しかしそこまで考えて、本来は悠がその女子大生に告ったのだ、だから今は自分へ、ということになっているのではと気づき、心が痛んだ。

「昼休みはあんたが主役だからね。色々聞かせろよ~」

 ニヤニヤしながら席へ戻る真紀に、しかし深雪は苦い微笑みしか返せなかった。


◇◆◇


 昼休み。いつものように真紀や乃愛たちと食べようとしたところへ悠がやってきた。

「一緒にお昼食べようよ」

 にっこり笑って弁当を持ち上げる悠に、周囲から囃し立てながら二人で屋上へ向かう。

 二人でお昼を食べるなんて、今までなら当たり前だったことが、今は幸せで嬉しくて仕方がない。

 スキップしそうになる深雪に、悠はクスクス笑った。

「どうした?何かいいことあった?」

「え?う、ううん。お腹空いたなーって」

「ああ、4限目に体育ってないよなー」

「男子は何やったの?」

「サッカー。でもみんな腹減ってるからヘロヘロ」

「あはは。女子はバトミントンだったから楽だったよ」

「お前、ラケット使うスポーツ全滅だもんな。ずっと見学してたんだろ」

「うっ…。いいじゃん、どうせ順番にしか出来ないんだしー」

「譲ったつもりかよ。でもいいの?見学ばっかしてたら評価下がるよ」

「分かってるけど…。うーん、どうしたらラケットに当たるのかなぁ」

「今度公園で練習しようよ。深雪のバドの相手くらいなら出来るよ」

「ありがとう!」


 ついでに公園デートの約束もできた。しかし二人にとってはデートと言う意識はほぼ無い。普段通りの休日の過ごし方だ。

(悠にとっては、ね)


 嬉しい反面、多少の居心地の悪さも感じているが、これも徐々に慣れていくだろう。

 こっちが、現実なのだから。

 


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