08:開始

「昨日の結果を聞きに来たよ。決めた?」

 落ち着いて聞いてると、月兎の声は可愛らしい見た目とはちぐはぐな低音ボイスだ。

(やだ、ちょっとかっこいいじゃん)

 場違いな発見に少しドキドキしながら、深雪は頷いた。

「うん。決めた」

「よし」

 ゆっくり頷き返し、月兎は改めて尋ねる。

「深雪のたった一つの願いは、何?」


「私が悠の恋人になりたい」


 息を止めて吐き出すように、真っすぐ月兎に伝えた。

 聞いた月兎は目を細めて

「…それが、深雪の一番の願い?」

「うん」

「変わらない?」

「うん、変わらない」

 月兎は一度目を瞑り、言葉を続けた。

「深雪、その願いを叶えるために、一つだけ条件がある」

「…条件?何?」

「条件というか、約束だな。それを破ると願いは無効になる」

「つまり、今の状態に戻るってこと?」

「そうだ」

「分かった…。その約束って、どんなもの?」

「嘘をつかない。他人に対してだけじゃない、自分の気持ちにも」


「自分の、気持ち?」

「そう」

 ゆっくり深く頷いて、月兎は続ける。

「これ、意外と難しいよ。本当は嫌だと思っても、周囲の顔色をみて受け入れたりするの、人間はよくやるよね。まあ深雪は…少ないほうだけど」

 月兎はちらと上目遣いで深雪を見るが、月兎の言葉の意味に気づいた様子はなく、強く頷きながら

「うん。私は自分に嘘はつかないよ」

「…そうだね。でももし、僕が深雪の願いを叶えた後にその約束を破ったら全部元通りだよ。そして二度とその願いは叶えられない。…。それでも、いい?」

 何度も念を押す月兎に多少疑問を覚えながら、深雪は改めて頷く。

「うん。いい。お願いします」

「…分かった。じゃあ、深雪のスマホ出して」

「スマホ使うの?ちょっと待ってて」

 充電器から外し、自分のスマートフォンを月兎の前に置く。

「ありがと。じゃあ、悠に電話して?」

 そういわれて、深雪はうっと固まった。

「…今は、私が電話かけても、出ないよ、きっと…」

「いいから。深雪と悠がつながることが必要なんだ。出来ればここに呼んで欲しいけど、それは無理な状況なんでしょ?」

 呼び出すなんて絶対無理だ。悠は…深雪の顔は見たくないと言ったのだから。

「大丈夫。かけてくれれば僕が繋ぐ。必ず悠は電話に出るから」

 やたらと頼もし気な月兎の宣言に引き摺られるように、震えながら悠の番号を呼び出し、コールした。

 スマホを持っていることすら怖くてすぐ勉強机に置く。

 するとちょこちょこと月兎がスマホに近づき、その長い耳をスピーカーに近づけた。

「あ、出た」

 うわ止めてその実況!心臓に悪い!ていうかかけてどうするの?!イタ電と思われたら余計怒られる!

 慌てる深雪のそばで、突如月兎が発光し出した。

 満月の光のように、柔らかく、でも眩しいほど、白く。ゆっくりと。

 悠の電話のことも忘れて、深雪はその光景に見入っていた。


「汝、時の流れに逆らい、過去へ甦れ。元の道へ還れ」


 月兎は小さく、悠にだけ聞こえるように呪文を唱えた。

 しばらくすると、月兎を包んでいた光は消え、辺りは再び暗闇になった。


「…はい。終わり。浸透するのに少し時間がかかるから、今日は悠にコンタクト取っちゃだめだよ」


 呆然としていた深雪はそこでハッと我に返り、月兎の言葉に頷いた。

「う、じゃない、はい!」

「じゃあね。頑張れ。深雪」

 月兎はそういうと、ぴょんと飛び降りて自分のケージへ入っていった。

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