07:深雪の選択

 結局あの後、ずーっと考えた。

・自分が一番欲しいもの。

・叶えたい願い。

・たった、一つ。

 月兎に出された宿題をノートにもう一度書き起こして、それとにらめっこしながら考えた。

 

 欲しいものは、たくさんある。夏になるから新しいワンピースやサンダル、アニメのブルーレイ、PCも新しくしたいし自転車も欲しい。

 でも、月兎が聞いているのはそういうことじゃない。


 深雪はシャープペンを持ち、一番書きたくないことを宿題の下に書き加えた。


・悠に彼女が出来た

・自分は悠を怒らせた


 深雪の心を固く重く暗くしている理由は、この二つ。

 自分で書いて改めて目にすると、辛さが込み上げてくるが今は逃げている場合じゃない。

 月兎は「たった一つ」といった。一つだけ願いを叶えてくれる、と。

 では―。

 すう、と一つ息を吸って、その一つを決めた。


◇◆◇


 翌朝も悠は迎えに来なかった。

(もしかしたら今日も学校サボるつもりかな…)

 サボるのは悠の自由。けど、サボって何をしているのか、もっと言えばどこへ行っているのかが気になる。まさか…、と。

 深雪は、血液の温度が下がっていくのを感じて、パン!と自分の頬を叩き、気持ちを入れ替えた。

(まずは今夜、ムーちゃん、じゃない月兎に私の願いを伝えて叶えてもらう。そうすれば…)

 こんな淋しい朝は終わる。また前と同じように同じときを過ごせるのだ。


 それだけを支えに、一人で学校へ向かった。


◇◆◇


 悠は普通に登校していたが、やはり終日深雪を避けていた。避けていたというより、初めから「柊深雪」なんて人間は存在しないかのように、通り過ぎていった。


 周囲はいつもの喧嘩だろうと、気にも留めない。でもそれがありがたいし、今の深雪には励みになった。

(私たちは二人一緒が当たり前。周りもそう思っている)

 自分から悠に近寄ってしまいそうな衝動をぐっとこらえ、放課後を迎えた。


 授業終了のチャイムが鳴る。普段なら乃愛達とダラダラ居残っておしゃべりしたりして過ごすが、悠のことを突っ込まれるのが怖いのと、月兎との約束が気になったのでいち早く教室を出た。


(今日、一度も口きかなかったな、あの二人…)


 駆け出す深雪と、そちらを一瞥もせず帰る準備をする悠。

 二人を視界に入れながら冷静に観察する乃愛だった。


◇◆◇


「ムーちゃんただいまー!」

 叫びながら部屋に飛び込んできた深雪に、ムートンはびっくりして立ち上がった。

「ムーちゃん!決めたよ、願い事一つ!」

 しかしムートンはひげをふよふよさせながら、さっきまで食べていたチモシーの名残をもぐもぐするだけで、それ以上の反応はしない。


「そっか、夜まで待たなきゃダメなのかー」

 今のムートンは月兎ではない。人の言葉も話さない、いつものうさぎのムートンだった。

「焦って帰ってこなくて良かったな…」

 ちょっと拍子抜けしたが、丁度いいので宿題を片付けるためにスクールバッグから教科書を取り出した。


◇◆◇


 そのまま気づけばうとうとしていたらしい。

 ぽふぽふ、と深雪の手を叩くものがあった。


「おい、起きろ、深雪。僕だよ、月兎だよ」


 深雪がうっすら目を開けると、後ろ脚立ちして人語を喋る、「月兎」がそこにいた。

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