06:宿題

「私のせい?」

「そうだよ」

 超短い前足を組んでぺちゃんと座り込んで、ムートンは深雪を見据える。へちょっと耳を下げて首をかしげるように、

「ずっと泣いてるね。どうしたの?」

 ムートンの問いかけに、一度止まった深雪の涙が、また流れ始めた。


「悠に…彼女が出来た…」

「悠って、お向かいの?」

 深雪はこくっと頷き、昨日からの経緯をムートンに話して聞かせた。

 ムートンは黙って聞き続け、話が終わった段階で深雪に問いかけた。

「悠に恋人が出来て泣くってことは、深雪は悠が好きだったの?」

 その質問に、深雪はハッとした。

(悠が好きだから、自分じゃない別の人が悠の恋人になったから、だから私は…)


 恋人が一番、幼馴染より優先、悠にとって一番大事なのはもうその人で、深雪がその椅子に座ることは出来なかった…。

 ものすごくショックだが、すとん、と納得出来た。


「そう…かもしれない。悠は…私にとって一番だったから、悠にとっても私が一番なんだって、そう思ってた。でもそうじゃなかった…」

 また涙ぐみ始めた深雪をじっと見つめながら、ムートンが再び口を開いた。

「深雪は、どうしたいの?」

「え?」

「泣いてるってことは、悲しいとか淋しいとか悔しいとか、何か受け入れられないものがあるんでしょ?」

「う、うん…」

 悠に恋人が出来たこと、それが自分じゃないこと、悠に「顔も見たくない」と言われてしまったことが、悲しくて淋しくて悔しい。


「全部、なかったことに出来たらいいのにね」


 ムートンが見たことがないような大人びた表情で深雪が呟く。

 しばらくして、うーんと考えこんでいたムートンが口を開いた。


「僕が、どうにかしてあげようか」

「…ムーちゃんが?」

 意外という以上の、何か奇妙なものを見たような思いで、深雪はムートンを見返す。

「ムーちゃんじゃない!今は月兎!ムーちゃん呼びは禁止!」

 長いひげをふよふよさせながら怒って言い返した。

「ご、ごめん。じゃあ月兎さん?」

「さんは要らないよ。って呼び方はいいか…。まず、今夜一晩よく考えてみて。自分の心と向き合って、今一番深雪が欲しいと思うもの、叶えたいと思うことは何なのか。ただし一つだけ。それが決まったら僕を呼んで」

 いつもは真っ黒なムーちゃん、もとい月兎の目が、一瞬月色に輝いた。

「じゃあ、一度戻るね」

「戻る?」

 何のことだと首を傾げた直後、もう「ムートン」に戻り、人語を発することはなく、『ごはーーーん!』と言いたげにエサ入れを咥えてガンガンゆすった。

「ああ、ご飯、ご飯だよね、ごめん、今持ってくるから…」

 ムートンのケージからエサ入れだけ取り出し、そっと鼻づらを撫でると、気持ちよさそうに深雪の指に擦りついてきた。


(いつものムーちゃんだ…)


 じゃあ、さっきのは何だったんだろう?

 もう一度ムートンを見るが、丸くなって顔だけこちらを向けている。喋る様子はない。


(…まぁいいか。さっき月兎に出された宿題を頑張ってやってみよう)


 自分が一番欲しいもの。

 叶えたい願い。

 たった、一つ。


 簡単なようで、とても難しい。

 一晩で答えが出るのだろうか。

 急に不安になってきた深雪だった。

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