03:惨め

 悠の怒声がまだ反響しているような教室で、深雪は呆然としたまま固まっていた。

(悠が、怒鳴った。私に向かって。関係ないって。話しかけるなって)

(…なんで?)


 少しずつ動き出したクラスメイトは、チラチラと深雪の様子を伺う。

 その中で一人、声を掛けた少女がいた。

「深雪…、悠くんとケンカ?」

 振り返ると、乃愛のあだった。

 ロボットみたいにぎこちない動きしかできない深雪に、少し悲しそうに微笑んで、

「珍しいね。いつも二人一緒なのに」

 二人一緒。

 そうだ、私と悠は、いつだって一緒だった。ずっと、ずっと。これからもずっとそうだと。

 なのに、悠は自分から離れていった。よりによって年上の女を「彼女」だと。


(彼女って恋人のことよね。恋人ってたった一人の特別な相手でしょ?それって…私じゃなかったの?)

 そうだったはずだ。お互い特に言葉にしたことはないけれど。

 

 深雪にまた乃愛が声を掛けようとしたタイミングで、担任が教室に入ってきたので、それぞれ席に着いた。


◇◆◇


「神崎…、ん?神崎?いないのか?」

 あれから戻ってこない悠の机を、あの場にいたクラスメイトがそっと伺った。

「珍しいな、神崎欠席、と」

 

 HR後、深雪は担任に声を掛けられた。

「神崎の欠席理由、何か聞いているか?」

 私とケンカしたからです、とは言えない。しかし知らない、というのも不自然だ。それくらい深雪と悠は二人セットの印象を周囲に持たれている。

「風邪、だと思います。昨日体調悪そうだったので」

 嘘だ。でも深雪がこう言っておけば、担任は悠の家に連絡しない。悠のサボりもバレずに済む。

 ほら、私はこんなに悠のすべてを握っている。

 なのに…。

「そうか。ありがとな。神崎にゆっくり休むよう言っといてくれ」

 はい、と返事しながら、深雪の心は、淋しさを惨めさに変換し始めた。


 深雪と悠は、いつも一緒。ずっと一緒。

『付き合ってるんでしょ?』

 周りから、何度言われたことか。

 幼馴染がいつのまにか恋人に昇格するのはよくある話だ。漫画でも、アニメでも。

 だから自分たちも、そうなのだと思っていた。

 なのに…。


 昼休み。いつも通り乃愛達と一緒にお弁当を広げた。

 話題は当然…悠と深雪だ。


「神崎君、戻ってこなかったね」

「深雪、何したの?」

「痴話喧嘩ですか、センパーイ」

 深雪は口に入れた卵焼きをぐっとのどに詰まらせた。

 返事が出来ずにいる深雪に、乃愛が助け舟を出す。

「そんなんじゃないんじゃない?二人にだって喧嘩することくらいあるよ。なんだもん。ね?」

 乃愛の言葉に、深雪はハッとした。


 そうか。そうだよ。うん。

 今までだって何度も喧嘩した。どうでもいい理由で。

 今回だってそうだよ。ごはん食べたらLINEしてみよう。きっとすぐ返事が来る。


「うん、そう。そうなんだ。悠がわけわかんないこと言うから…大丈夫、この後連絡してみるから」

 だよねー、と、口々に納得して昨日最終回を迎えたアニメの話に話題は移った。


 ホッとしたようにアニメの話題に加わる深雪を、乃愛は、冷めた目で見つめていた。

 

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