02:勘違い

 翌朝。

 いつものように悠が迎えに来てくれるのを待ったが、悠は来なかった。

(悠、怒っちゃった…。でも、なんで?)

 深雪は、悠を怒らせたという事象は理解しているが、何がどうしてこうなったのかの経緯が全く理解できていなかった。

 淋しい。

 物心ついた時から何をするにも一緒だった。悠のことなら、いつ自転車に乗れるようになって、食べ物の好き嫌いは何か、前学期の通知表の内容はどうだったか、全部言える。もちろん深雪のそれも悠はすべて知っている。


 二人は、二人で一人だ。少なくとも深雪はそう思っていた。

(でも悠はそうじゃなかったんだ…)

 どうして?

 その言葉だけが、昨日からずっと深雪の中を駆け巡っている。

(大学生なんて、年上じゃん。大人じゃん。話が合う、なんて悠の勘違いじゃないの?彼女とか言ってるけど、それも悠の思い込みで、本当は違うんじゃない?)

 そう考え始めたら、それが事実のような気がしてきた。

(悠は人がいいから騙されてるんだ。だっておかしいもん、高一と大学生なんて。早いとこ教えてあげなきゃ!)


 思い立ったが早いか、深雪は朝食もそこそこにスクールバッグを引っ掴んで家から飛び出した。


◇◆◇


 悠は、いつも通り深雪の家のインターフォンを押そうとして、辞めた。

 昨日の『おばさんじゃん!』の深雪の発言がどうしても許せない。

(静香さんに会ったことないのに。じゃあお前はなんだよ、ガキじゃねぇか)

 自分も同い年であることを忘れて、心の中で毒づく。


 どうして深雪があんな態度をとるのか理由は分からないが、今の悠には深雪にいつも通り接する自信はない。する必要もないと思っている。昨日のことはまだ全然気持ちは収まっていない。


 大好きな静香のことを、大切な深雪に一番に報告して、一緒に喜んで欲しかった。深雪ならそうしてくれると思ってた。いや信じていた。

 それなのに…。


 静香を侮辱された悔しさと、深雪と今まで通りに過ごせない淋しさで、悠の気分はどん底だった。

(それでもちゃんと学校行く俺って真面目だなー)


 深雪の家をスルーして、一人で学校へ向かう。

 普段なら、朝からスズメよりうるさい深雪が隣で昨日見たテレビや友達とのLINEのやり取りについてしゃべり続ける通学路を、初めてたった一人で歩く。

 この物足らなさも、全部昨日の深雪の無神経発言から来ていると思うと、余計苛立ちが湧いてくる悠だった。


◇◆◇


 深雪は教室に駆け込むやいなや、悠の机までダッシュした。

「悠!」

 悩みとムカつきの種が突然アップで飛び込んできて、悠はひっくり返るほど驚いた。

「な…なんだよ!」

「あんた絶対騙されてる!」

「…は?」

「だって、いくら考えてもおかしいもん。高校生と大学生だよ?あんたがぼーっとしてるから遊ばれてるんじゃないの?」


 悠は気持ちを落ち着けるために目を閉じた。落ち着け、落ち着け、落ち着け。

 しかし深雪は止まらない。

「話題だって合うわけないじゃん、だって、そんなおばさんと!」

 パアン!と、自分の中で何かが弾けた気がした。

 悠は、閉じていた瞳をカッと開くと立ち上がって怒鳴り上げた。

「いい加減にしろよ!」

 普段温厚な悠の怒声に、クラス中が止まった。

「なんなんだよ昨日から!お前は関係ないんだよ!ああお前に話した俺がバカだったわ。もう二度と彼女の話はしない。だからお前も俺に話しかけるな!」

 そのまま教室を出て、その日は戻ってこなかった。

 

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