少女の夢

「……ありがとうございます」

 レベッカはケルディンから紅茶の入ったマグカップを受け取り、温かさを確かめるように、両手で握る。ケルディンはそんな彼女を横目に、薪を焚き木の中に放る。ぱちぱちと音を立てながら火の粉が散り、炎は一層強く燃え上がった。


「眠れなかった?」

「いいえ、よく眠れました。すごく、疲れていたから」

「馬車に乗っているだけとはいえ、疲れるよね」

「ケルディンさんは眠らなくても平気なんですか?」

「平気ではないけど……、僕よりも防衛兵の二人のほうが負担は大きいだろうから、少しでも役に立っておかないと」

「優しいんですね」

 マリーと同じように、彼女もケルディンのことを優しいと評した。それに対して、ケルディンは何も返さなかった。


「それより、眠れなかったんじゃないならどうしたの。見張りのために起きてきたってわけじゃあないんでしょ?」

 レベッカはマグカップに口をつけ、紅茶を一口啜った。炎の向こう側で、彼女の瞳が揺れる。


「夢を、見たんです」

「夢?」

「はい、とても懐かしい感じがする夢だったんです。暖かくて、優しさに包まれるような感覚に満たされていました。私は、誰かと話していて、その人が誰かはよくわからないんですけど……。あっ、一緒に食事をしていたような気がします。その人は、私の顔をじっと見つめて、時折優しく頭をなでてくれるんです。それで……」

 そこまで言って、レベッカは話すのをやめた。レンズの奥の目が暗闇に染まる。

「ごめんなさい、こんな頭の悪そうな夢の話なんて、聞いても楽しくないですよね」

 レベッカが俯く。

 彼女の言葉とは逆に、ケルディンはレベッカの話に興味を持っていた。彼女の夢は、どこか似ている、と思ったからだ。


「その『誰か』の顔は思い出せる?」

 レベッカが驚いたように顔を上げる。ケルディンが話題に興味を持ったことが予想外だったのだろうか。

「いいえ、思い出せません。というより、見えないんです。私はその人が誰か知りたいのに、どれだけ目を凝らしても、その人の顔を見ることはできません」

「その人の夢は、何度も見るの?」

「はい、何度も見ます。その人と話したり、食事したり、遊んだり……。いろいろなことをしている夢を何度も何度も見るんです」

「同じ……かもしれない」

「えっ」

 レベッカが目を大きく見開いた。

「僕も見るんだ。誰だかわからない、『彼』の夢を」

 レベッカの夢は、ケルディンの夢に酷似していた。姿の見えない誰かと過ごした、遠い日の記憶。懐かしくて、どこか暖かく心地よいもの。でも、現実に戻れば単なる夢として片付けられてしまう。でも、根拠はないが思うのだ。これは単なる夢ではなく、何か大切なことではないかと。


 ケルディンは制服のポケットから、薄桃色の小石を取り出した。焚き火からの光を受けて鈍く輝く。マリー以外の前で、これを見せることはめったになかった。

「それは……?」

「お守り、みたいなものかな。マリーという幼馴染の女の子がいてね、彼女も同じような小石のネックレスを持っているんだ」

「大切なものなんですね」

「ああ。だけど驚いたことに、僕やマリーだけじゃなく、『彼』も同じものを持っているんだ」

「それは、夢で見たってことですか?」

「ああ。君と同じようにいろいろな夢を見る。いつもマリーと、『彼』がいるんだ」

「ケルディンさんは、会いたいって、思いますか?私は、会いたい。その人に、とてもひどいことをしているような気がして。現実に存在するかもわからないのに、変かもですけど……」

「会えるといいねえ、いつか」

 ケルディンの言葉を聞いて、彼女はほっと息をついた。マグカップの中身を飲み干し、かすかに微笑む。

「……はい」

 

 もう少し眠る、と言ってレベッカは寝床へ戻って行ってしまった。それと入れ違いに、ショーンが起きてくる。どうやら、交代の時間らしい。

「ちゃんと起きているとは、生徒にしては律儀だねえ」

 ショーンはケルディンの向かい側に座り、水筒を手に取った、水を一口飲み、ケルディンのほうに向きなおる。

「もう寝ていいよ。お疲れさん」

 お言葉に甘えて、ケルディンは休息をとることにした。焚き火から離れ、皆が眠っているほうに向かいかけて、足を止めた。彼に聞いておきたいことがあったからだ。

「あの、ショーンさん」

「なんだよ。明日からは忙しいぞ。さっさと寝ろ」

 鬱陶しそうに彼は言った。

「聞きたいことがあります。調査隊をよく思ってない理由は何ですか」

 ショーンの態度はそれほどこちらを嫌悪しているというわけではない。しかし、生徒に対して良い印象を持っているようには、ケルディンには思えなかった。

今後の活動を円滑に行うため、わだかまりはないほうがいい。その原因をこちらが取り除けるのならば、やっておくに越したことはない。


「逆に歓迎する理由はあるか?」

「それは……」

 ケルディンは思わず口ごもった。確かに、彼らは生徒の調査に付き合わされているのだ。防衛兵に利点はあまりないようにも感じられる。

「俺たち防衛兵は、獣人種の被害が甚大だから、騎士団を派遣してくれと王国に要請したんだ。だが、ふたを開けてみればガキのお守りを押し付けられただけ。しかもガキ共は会ったばかりで互いの力量も把握できてない。これを悪く思うなというほうがおかしいだろ」


 確かに、騎士団の代わりに、戦力にならない生徒を押し付けられては、たまったものではないだろう。

 せめて、彼らの邪魔にならないようにしなければならない。ケルディンはそう思った。そのためにまずできることは、しっかりと眠り、明日に疲労を持ち越さないことだ。ケルディンは寝床のほうへと向かった。

「話はもういいのか」

 ショーンがこちらに背を向けたまま聞いてくる。

「はい。おやすみなさい」

 返答はなかった。焚き火と、夜風で草木が揺れる音だけが、聞こえていた。


 草原の上で、毛布にくるまったウィル、ザック、サロメが眠っている。中の様子はわからないが、馬車の幌の中では、レベッカとミオンが眠っているのだろう。

 ケルディンはザックの横に体を横たえた。

 疲れていたのだろう。目を閉じてすぐに、意識は途絶えた。

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