それでも魔女は毒を飲む ⑤
「どうしよう、眠たすぎてヤヴァイ……」
文化祭当日。日常生活を送る空間がテーマパークにかわり、みんながはしゃぎながら廊下を駆け抜ける中、目の下にクマをこさえて髪はぼさぼさとまとまりがなく、ふらふらと彷徨う今の私は恐らく歴代で一番魔女になりきっていると言っても過言ではない。
何故こんなことになっているのかというのも、衝撃の告白をされた翌日、彼は何事もなかったかのように接してくれたので、逆にこっちは意識してしまっていた。
返事は劇の本番で、とかどこの少女マンガだよって突っ込みもいれたくなるのだが、それが出来るのは読者側であって、当事者の私にはそんな余裕は全くない。
せめてもの抵抗でなるべく顔を合わせないよう隅に逃げていたのだが、それでも舞台で通しの稽古となると否応なしに顔を合わせてしまうので瞬く間に意識は彼に支配されてしまう。
そんな日々が文化祭当日まで続いた結果、寝不足の私が出来上がってしまったのだ。
「ちょっと、大丈夫?」
そんな私を心配してくれるのが一人しかいない辺り、自分の交友関係のなさに情けなさを感じた。
「大丈夫に見えるんなら、あんたは私の彼氏候補失格ね」
「そんなんでも毒性は弱まったりしないんだね」
ここ数日で私の毒耐性が高まったらしい王子は、特に気にするでもなく飲み物を手渡してくれた。
「ん、ありがと」
酸っぱい炭酸のパチパチが、少しだけ私の意識を覚醒させたので、
「それじゃ、どこ行く?」
「えっ、えー……えっ?」
「ほら、早くしなさいよ」
このようなことを言われることを想定していなかったようで、かつての私みたいに処理が追い付かずにフリーズする王子。
「出番は午後からなんだから、早くしないと何も出来ないよ。それとも私とじゃ不服かしら?」
「い、いや、俺は願ったり叶ったりだって! 行こういこう!」
と、これまた小学生みたいにはしゃぐ彼に手を引かれる中、私は高鳴るこの気持ちに決心をつけることにした。
◆
楽しい時間はあっという間と表現できるが、確かに納得できるほど、彼と過ごした時間は悪くなかった。
さっきまで屋台巡りを楽しんでいたはずなのに、今では舞台裏でメイク担当のクラスメイトにメイクを施されていた。
「おぉ、魔女ちゃんって意外と整った顔してるのね」
「ねー。意外だわ」
(意外で悪かったね!! 私だって女なんだからちゃんと風呂上がりの肌ケアとかしてるってーの!!)
「あ、ありがとう」
クラスメイトと交流はそこそこしてきたけど、それでも私は込みあがる毒を飲み込んでいた。
流石にあんなことを言っていたらクラスでの立場が無くなってしまう。
私はよくてもあいつには申し訳がないし、今後もこのスタンスは変えない方がいいだろう。
(あれ、いつから考えが変わったんだろう)
確かちょっと前は孤立しても問題ないって思ってたはずなのに。
舞台袖で、台本を読みなおす王子の姿が目に映った。
「そっか、私……」
あいつのお陰で……。
「それじゃ、そろそろ本番始まりまーす」
その言葉に、どくんと心が飛び跳ねた。
初めは冗談だと思っていた、魔女が主役の白雪姫の舞台。
白雪姫を見初めるはずの王子が、魔女に惚れてしまった喜劇の結末は果たしてどうなるか。
盛大な拍手で迎えられた私のクラスの舞台は何の澱みもなく進んでいく。
私は美味しいりんごを毒りんごに見立てて死んだふりをしてさっさと舞台からはけたので、次の出番、クライマックスのシーンのことを考えていた。
思えばこの文化祭期間、過去最高に充実していたんじゃないかって思う。
元はと言えば私がきっちりとドアを施錠しておけば、きっとこの舞台も隅で眺めていただけかもしれない。
施錠しなくても、溜まりに溜まった私の毒をあの場で吐き出さなければ、彼とはただの友達の関係だったかもしれない。
そもそも、私が毒を吐く魔女でなければ、王子は興味を示さなかったのかもしれない。
頭に浮かぶたくさんのIFも、全ては今日この場の『現代版白雪姫』のための布石だったのかもしれない。
ならば、私は演じなくてはならない。
世界広しと言えど、ネットワークの普及した社会と言えど、魔女が幸せになる白雪姫の物語は、きっとこの場でしか体験できないだろうから。
「魔女さん、そろそろ出番だよ」
脚本担当のパリピに呼ばれ、棺桶の中に入ると、
「こう言うのはあれだけど、あいついいやつだからさ。君に決定権はあるんだけど、もし叶うならずっと仲良くしてやってほしい」
何で知ってるのって聞こうとして、そういや二人はグルだったんだ。
「どうしてあんたのお願いを聞かなきゃいけないわけ。おかげでここ最近の生活がめちゃくちゃよ」
「ごめん、でも」
「でも、魔女を幸せにする脚本を書いた手腕は認めてもいいよ」
えっ、と驚く彼の表情を最後に、私は視界を閉ざした。
次、目が覚めるときは王子の前だ。
◆
「さぁ王子、白雪姫に目覚めのキスを!」
舞台の中央でスポットライトを浴びながら、王子が私に顔を寄せてくる。
ゆっくり、ゆっくりと近づいてくるのは、私の返事を待っているからだろう。
彼と唇が触れ合うまであと数センチ――、
「ちょっとまって」
といったタイミングで彼を制止して起き上がる。
(え、もう白雪姫起きてんじゃん)
(これからどんな結末になるの、ちょっと楽しみ)
今までにない展開に会場が途端にざわめきだす。
「王子、お話いい? この前の返事がしたいの」
「あ、ああ。いいとも」
驚きを隠せない彼は、少し焦りながらも芝居を続ける。
「おい、こんなの台本にあったか(ひそひそ)」
「いや、わかんないけど、変更があったのかも(ひそひそ)」
周りもざわめいているのが気になったけど、そちらに気を取られてはいけないので私の思いの丈を伝える。
「私、いろいろ考えたの。初めて人から好きって言ってもらえて、正直、嬉しかった」
「そっか、ありがとう」
「人生で初めて異性にどきどきしたと思う。今日一緒に出店に回った時なんか、すごかったんだよ。死んじゃうんじゃないかってくらい」
「えーっと、それじゃ、返事は……」
「それなんだけどね。私、毒を吐いちゃう魔女だから、きっと迷惑たくさんかけちゃうと思う。それでもよかったら」
ちゅっ。
「よろしくお願いします」
会場は一瞬の静寂に包まれたのち、
「うおおおおお! おめでとう!!」
「ええっ、これってマジの告白なの! すごくない!?」
「こーんぐらっちゅれーしょーん!!」
割れんばかりの拍手で祝福をしてくれた。
そのままクラスメイト全員が舞台に立ち、全員でお礼を述べ、カーテンコールは幕引きとなった。
「いや、あの、ありがたいんだけど……」
「ん、どうしたの」
「あの場で、普通に俺のキスを受けてくれたらそれでよかったんだけど」
「………………えっ」
この後、王子に対して早速魔女の毒がさく裂したのは言うまでもない。
◆
王子と出会い、交流し、男女のお付き合いをすることになっても、私は依然として魔女と呼ばれていた。
行動パターンはいつも通り教室か図書室で本を読んでいるか、文芸部室で小説を書いているかだ。
人付き合いは若干するようにはなったけど、素は出せないので毒は相変わらず飲み込む毎日だけど。
唯一変わったこととすれば、趣味の小説執筆のジャンルが増えたことだろうか。
と言っても先月は結局時間が取れなかったので冒険小説になったけど、今月の内容は変えるつもりだ。
さて、書き出しはどうしようか、構成はどうやってみようか、そんなことを考える至福の時間は制限あれど猶予はそれなりに――。
ふと、私の頭に浮かんだタイトルを、まっさらな原稿用紙に書き出してみた。
我ながらなかなか皮肉なタイトルだと、思わず笑ってしまった。
よし、決めた。
エッセイ風の恋愛小説だ。
初めて挑戦するジャンルで上手く書き進めることが出来ないかもしれないけど、その時は実体験を元にすればいい。
今まで頭の中だけの物語だったものが、現実でも展開できるようになったのだから。
一句、もう一句と走り始めた私の筆は、どことなく楽しそうに踊っているみたいだった。
タイトル? 内容も書ききってないのにまだ教えたくないんだけど。
そんなに知りたいの? しょうがないなぁ、そこまで頼むなら、特別ね。
『それでも魔女は毒を飲む』
-fin-
それでも魔女は毒を飲む 奈良みそ煮 @naramisoni
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