それでも魔女は毒を飲む ④

 後で時間ほしい、みたいな事を言ったあいつは補習で居残りとなっていた。

 いっつもウェイウェイ言ってる(偏見)からだ、バカめ。

 出し物の練習に付き合うつもりはないので、文芸部室へ向かうことにした。

 クラスの出し物に興味はないけど文芸部としての活動はきちんとしておかないと。

 文芸部が一人なのになぜ存続を許されているのかと言うと、毎月新作の小説を顧問の先生に提出しているからだ。

 ちゃんと活動していると認められれば部として残してもらえるので、一人でも活動できる文芸部としてはありがたい制度だ。

 今月は始まったばかりだけど予定外の予定が入り込んだので、早めに構想を練っておかなければ。

 古臭い机の引き出しから真新しい原稿用紙と愛用のペンを取り出して、何を書こうか考える。

 確か先月は冒険小説を書いたから、今月は恋愛小説でも書いてみようか。

 人付き合いのない私が恋物語を書くのは変かと思ったけど、触れたことのないジャンルに挑戦するのも悪くはないはずだ。

 そう意気込んだのはよかったのだけど、やっぱりと言うか当然と言うか筆が進まない。

 せめて実体験でもあれば、そこから話を広げたりすることが出来るかもしれないけど、恋人はおろか友人もいない私には想像以上のハードルの高さだった。

 しょうがないから今回も冒険小説を書こうとして、

「いや、人付き合いならあるか」

 ふと、以前この部室に押しかけてきた闖入者のことを思い出した。

 思えば、この学校生活でまともに話したのは彼が初めてかもしれない。

 顔も性格もいい(らしい)スクールカーストの上位にいるあいつとは、恐らく気兼ねなく話せる相手ではなかろうか。

「秘密も知られてしまったし、しょうがないといえばしょうがないんだけどね」

 脅迫された挙句、無理やり連れだされたりして迷惑だと感じているが、心のどこかでこの状況を楽しんでいる自分がいるのも否定できない。

「でも、このまま流されちゃったりしたら……」

「したら、どうなるの?」

「ほわあああぁぁぁぁぁ!!!」

 補習中だったはずの男が、いつのまにか目の前に現れていた。

「わ、忘れて! 今のは忘れて!!」

「いいよ、今さらだし」

 なんだか墓穴を掘ってばっかりだ。今まで一度もこんなことなかったのに。

「今まで一度もって、そういう相手がいなかったからじゃないの」

 こいつ、相変わらず痛い所を突いてくるな。

「それにしても、小説なんて書いているんだね」

「まぁ、先生に提出しないとここを追い出されちゃうから」

 ん? まっさらな原稿用紙だけを見て、何故小説を書いているなんてわかったんだろうか。

「それより、残っててくれててよかったよ。てっきり帰ったかと思って」

 急に話を切り替えてきたので何の話かと思ったけど、そういや呼び出されていたんだった。

「話って、さっきの台本の言い訳?」

「うん、そのことなんだけどさ。単刀直入に言うよ」

 めっちゃ真面目な顔をした王子が私を真っ直ぐ向いて、

「じ、実は、君の事が好きなんだ。出来るなら、付き合ってほしい」


 ………………………………はい?


「その、なんで、きゅうに、わたし?」

 全然接点がなかったはずだけど、私の事を好きになる要素がどこにあったの。

「君ってずっと小説書いているじゃん。実は俺、めちゃくちゃファンでさ」

 私の書いていた小説を読んでいた、って。

「え、どこで読んだのそれ」

 先生に提出している分は先生が保管しているはずだと思っていたのに。

「俺、文芸部の顧問の先生と従兄弟でさ。読ませてもらったんだよ」

「ちょっと、個人情報なんだけど……」

 告白された衝撃を上回っている事実に驚きを隠せない。

「それで、返事なんだけど、劇の本番の時に聞かせてほしいんだ」

「劇の本番って、もしかして最後のキスシーン」

 彼は頷いて、

「もし、受けてくれるなら僕とキスをしてほしい。無理ならフリでいいから」

「そんな、いきなり……」

 頭の整理が追い付かずにパンクしそうだ。

 でも、聞いておかなければならないことがある。

「どうして、わたしなの?」

 面と向かっている彼は顔はいいから、付き合おうと思えば私以上に可愛い人と付き合うことだってできるはずだ。

 それなのに私を選んで、彼は後悔しないのだろうか。

「最初は、ただの小説のファンだった。初めて読んだとき、どんな人が書いているんだろうっていつも気になってた。文芸部の人が書いてるって聞いて、つい部室を覗いてみたら、普段は大人しい人があんなことをやっていて、正直、衝撃的だったよ」

「……あぁ、あの時の」

 劇の配役が決まらないから来たって言ってた記憶があるけど。

「もちろんそれもある。でも本来の目的は、君と仲良くなりたかったからなんだ」

 クラスでは見たことのない彼の真剣な表情は、それだけ私のことを本気で見ていると捉えていいのだろうか。

 私の短い人生で初めての告白に、張り裂けそうなほど高鳴る心音。

「あの、その、わたし……」

 言葉を紡ぐことが出来ず、思わず俯いてしまう。

「急にごめん。でも、想いは伝えたかったから。それと、自分を素直に出した方がいいよ。そのほうが魅力的だから」

 そう言い残し、彼は部室を去っていった。

「わたし、どうしよう」

 王子に心をかき乱された魔女は、まるで呪文をかけられたかのように動くことが出来なかった。

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