それでも魔女は毒を飲む ③
クラスの出し物なんて誰が真面目にやるんだ、とか思っていたけど、
「ほらそこ、セリフが違うしもうちょっとゆっくり」
「ねぇねぇ、衣装の小物ってこんな感じでいい?」
「背景の下書き終わったぞ、色塗りはやっちゃっていいのか」
みんなガチじゃん。
「ほら、魔女さんこっち来て。セリフ合わせしようか」
居心地が悪いから帰ろうかと思っていると、騎士から手招きされてしまった。
彼の周りには白雪姫メインキャストが勢ぞろいで、さすがに逃げられないと踏んだ私はしぶしぶ招かれることに。
「それじゃ、白雪姫が魔女に勧められてりんごを食べるシーン、やってみよう」
普段魔女と呼ばれている(と言うかさっきも呼ばれた)私が、魔女を演じる人間からりんごを手渡されるという何ともシュールなシーンです。
「いっひっひ、白雪姫や。このりんごはいかがかね。長野県産シナノゴールドで糖度も高くて美味しいよぉ」
あ、その辺の設定までしっかりしてるんだ。しかもその品種、赤くないし。
「あ、あの、いえ、結構です……」
「ほれほれ、そう言わずに。それとも、青森県産シナノゴールドの方がいいのかい? いやらしい娘だねぇ」
「いえ、そういう理由では……」
そっちも赤くないやつだし。
「どっちも農家の方が丹精込めて作り上げた逸品だよぉ。それとも、姫様はそんな愛情の籠ったリンゴは要らないってのかぃ?」
「せ、精神的に責めるのはやめてください……」
「あーあぁ、これが売れないと、孫にプレゼントを買ってあげられないねぇ。はーあぁ」
断りづらいわ!
「両方とも、いただきますから、その、元気出してください」
リンゴを手に取り、食べる仕草をして、
「う、うぐっ! おばあさん、このりんご、なんだか、へん……」
海藻みたいにゆらゆら揺れてそのままパタリ、とその場に伏せる私。
監督を務めている陽キャは、にこやかで満足そうに
「はいカーット! いいじゃんいいじゃん、最高の滑り出しだよ!!」
(変な部分の設定凝りすぎでしょうが!! なんで赤くないりんごを採用するの!? バカなの!? 農家の回し者なの!? それから精神的に断れなくするのやめろ!!)
「はぁ……」
言えたらどんなに楽だろうか。
突っ伏したままため息をついていると、
「ほら、早く起きて。女の子がいつまでも床に寝そべってちゃいけないよ」
いい笑顔を貼りつかせた王子が手を差し伸べてきた。
「……どうも」
その手を取り、起こしてもらうと、その笑顔のまま褒めてきた。
「お疲れ様。すごい良かったよ」
ほとんど棒読みちゃんだったと思うんだけど。
「そんなことないよ、やっぱり普段から声出ししてるだけあるね」
おいやめろ。
「まぁまぁ、でも引き受けてくれてホント良かったよ」
「私には断る選択肢なかったんだけど」
切れ味よさそうな鋭い視線を送りつけて彼を責めると、
「いやホントに、全然配役が決まらなくて困っていたんだよ。脅迫材料がなくてもお願いする予定だったさ」
「まぁ、それなら私は100%お断りしていたんだけどね」
そもそもどうして私が姫様役なのだろう。
白雪姫なら私にぴったりの配役があるじゃない。
「こういう経験も学生時代は大事だって」
「何あんた、人生二週目なの? それなら余計なお世話って言葉、前世で習わなかったの?」
なぜ上から目線でお節介を焼かれなければならないのか。
「落ち着いて、あんまり声が大きいとバレるよ」
その忠告を受けて勢いよく身を引いた私。
その様子を見ていた彼はやれやれといった表情でみんなと台本合わせを始めた。
「ホントに、何で私なのよ」
眠りについた私は当分出番はないので、台本に目を落としてパラパラとストーリーを確認した。
序盤の内容から察しはついていたけど、現代のネタを織り込んで割とコミカルに進むようだ。
ツッコミどころは多いけど、これなら観客も退屈せずに楽しく見ることができそうなストーリーだと思った。
このコンセプトならば、この劇のクライマックスである眠り続ける姫に王子がキスをして目を覚ますシーンはどうなっているのかとページをめくってみると、
『姫と王子が幸せなキス(ガチ)をして終了』
とだけ書かれていた。
ほーん、王子と姫が、ね。
つまり、あいつと、わたしが。
(はああああああぁぁぁぁ!!!)
「はああああああぁぁぁぁ!!!」
思わず絶叫してしまい、クラスの注目を一身に集めてしまった。
「どうした、何かあったか」
脚本を担当した男子生徒がこちらに近寄ってきたので、
「ちょ、こ、これ! きす、キスって!」
言葉もしどろもどろに伝えると、
「あぁ、それなら無理してしなくていいぞ。これ、王子がどうしてもって付け加えたもんだし」
「ちょ、おい。それ言うなって」
赤くなり、必死に言い訳をしようとする騎士。
「おいおい、言ってなかったのかよ。これ、実はな」
「待て待て、後で俺から説明しとくから!」
おお、真っ赤だ。こいつをりんごとして採用するのはどうだろうか。
「と、とにかく練習! 練習しようぜ、時間あんまりないんだし!」
みんなを練習に追いやって私の所に来た王子は、
「すまん、後で付き合ってほしい」
と一言だけ言い残すと、返事も聞かずに舞台に戻ってしまった。
「なんなんだよ、まったく」
訳が分からないまま、このあとすぐに衣装の採寸を取られたりしたせいで、準備時間中にあいつと話す機会は一度もなかった。
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