それでも魔女は毒を飲む ②
到着、文芸部室。
元々は音楽室だったこの場所は、壁に防音加工が施されており、旧校舎に位置しているから誰も寄り付かないことも相まって、私の恰好のストレス発散場所となっている。
早速カバンを置き、傷だらけの黒板に向かって毒を吐いた。
「あーもう、青春なんてやってられるか! 自分が楽しかったら他人も楽しいと思ったら大間違いだぞ! 私を巻き込むな! 隅っこ暮らし最高!!」
やっぱり大きな声を出すって気持ちいいな。
今日は喉の調子がいいからもう一発言っとこう。
「っていうか、そもそも魔女ってなんだ魔女って! 誰がつけたんだ! 名付け親を黒焼きにしてやろうか!! はーっ、ふぅ」
なんだか、これじゃ魔女というより理髪師だ……って、別に魔女というニックネームにこだわっている訳じゃないけどね。
このあだ名の方が気味悪がって人が寄ってこないから便利だし。
さて、すっきりしたから今日は帰ろう。
これ以上ねばついた暑さの中で活動していたら干からびちゃう。
「さて、帰って小説の続きでも書かなきゃ」
「あれ、もう大丈夫なの?」
「へーきよへーき、大きなお世話。私に構わな、い、で……」
カバンを肩にかけ、部室を出ようとして始めて、来客がいるのに気付いた。
「えっと、いつから……?」
「んー、『あーもう、青春なんてやってられるか!』って辺りから、かな」
「最初からいるじゃないのよ!」
誰に知られても噂になるのは当然なのに、よりによって私のクラスの陽キャに知られてしまった。
どうしよう、何かこの状況を打破できる手はないものか。
「どうするも何も君は魔女なんだし、ご自慢の毒で俺を殺せばいいんじゃ?」
「陽キャのくせに言ってくれるじゃないの!」
そうだ、私のカバンの中にはハードカバーの本があったんだった。
それを上手く頭に当てて記憶を失くしてもらえば……。
「えらく物理的な魔法だな、とにかく落ち着きなって」
私が行動するより早くカバンと腕を押さえられ、壁に押し付けられてしまった。
「心配しなくても、誰にも言わないって」
「信用できるか! きっと明日にはSNSで拡散してバカにして魔女裁判にかけるんだろ! 陽キャの手口なんてお見通しなん……いたたっ!」
「だから落ち着けって」
押さえられている腕に力を込められ、痛みで怯んでしまった。
こうなれば悲鳴の一つでも上げて助けを呼ばなくちゃ。
「大声出してもいい場所だからここで叫んでいたんだろ。いいから落ち着け、誰にも言わないって」
ダメだ、八方塞がりだ。
この場は目の前の陽キャの方が一枚上手のようなので仕方なく降参することに。
「それで、何の用よ」
「用と言うのは他でもないんだけど、俺のお姫様になってくれないか」
「頭湧いてんのかてめー」
「君、想像以上に毒属性値高いんだな」
落ち着けとなだめすかされ、
「クラスの芝居で白雪姫をやることになっただろ。そのお姫様をやってほしいんだ」
「はぁ、何で私が」
そもそも芝居をするってことを今知ったんだけど。
「いや、君、クラスの話し合いの場にいたよね」
変な奴に煽られたくらいしか覚えてない。
「はぁ、君もちょっとはクラスの交流をした方がいいと……まぁいいや。ホントは断られることを前提でお願いに来たんだけど、こっちとして都合がよかった」
彼が取り出したスマホには、先ほどの私の痴態がムービーにしっかりと記録されていた。
「ちょっと、消してよ!」
「引き受けてくれるなら消すよ。断ればどうなるか……」
断ればきっとSNSで拡散されてバカにされて魔女裁判にかけられてしまうだろう。
奥歯を思い切り噛みしめながら、
「わかった、わよ」
彼はありがとうと微笑むと、ようやく拘束を解いてくれた。
「それじゃ、明日から練習だからよろしくな」
「…………ヨロシクオネガイシマス」
苦虫を噛み潰しただけでは出来ないような苦い顔でいやいや了承すると、彼は文芸部を後にし――。
「そうそう、言い忘れていたけど」
また戻ってきた。
「俺の事、王子って呼んでくれ。それじゃまた明日」
廊下からは、彼が軽快な足取りでかけていく音が響いていた。
「……やっぱり、頭湧いてんじゃん」
自分の事を王子とか呼ばせるやつと白雪姫ごっこをする羽目になるとは思いもしなかった。
せめて秘密を知ってしまった王子にどうにか毒りんごを食べさせようと、私はハードカバーの黒魔術入門を開くのだった。
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