それでも魔女は毒を飲む
奈良みそ煮
それでも魔女は毒を飲む ①
2020年、ネットワークが普及したこの現代で、私は魔女と呼ばれていた。
学校ではただ一人の文芸部員で、いつも教室で本を読んでいるか図書室に通うかしかしていない影の薄い黒髪ロングの私は、確かに魔女だと言い得て妙だと思う。
誰が言い出したかは知らないけれど、気付けば定着していたそのあだ名のせいで基本的にぼっちだ。
かと言って私は誰かと一緒にいたいというわけでなく、むしろ自分にとってそれは好都合だった。
なぜなら、私には人とは違う致命的な欠点があるからだ。
その欠点とは――。
◆
今日もねっとりとまとわりつくような湿気に苛立ちながら、教室で本を読んでいた。
湿気は本の天敵なので、できるなら空調設備がしっかりしている図書室で読みたかったのだが、そうすることが出来ないのも、
「それじゃーみんな集まったしさ、文化祭何するか決めようぜ」
クラスの陽キャグループの一人が教壇に立ってこんなことを提案しているからだ。
私の学校では、梅雨が明けるか明けないかのタイミングで文化祭が執り行われている。
お金持ちの私立高校なので、他の高校なら無理そうな自由度の高い出し物も出来るので、結構にぎわうのだ。
青春を楽しみたい人種からすればこのイベントは外せないらしく、普通なら嫌がる実行委員にも文化祭なら率先してコミュ力の高いクラスメイトが立候補するほどだ。
「俺、メイド喫茶やりたい!」
「は? お化け屋敷に決まってるでしょ」
「いやいや、ここは敢えてのお芝居だろ」
色んな意見が乱立し、それを汚い字で書きなぐっていく書記(陽キャ)。
元々お祭り行事を楽しいと思ったことのない私にとって、どうして学校行事にここまで熱心にやれるのか全然理解が出来ない。
一段と騒がしい教室内で一人孤高を貫いていると、
「ねぇ、占いとか面白そうじゃない? 何たってウチのクラス、魔女がいるんだし」
その発言の途端、クラス全員がこちらに注目した。
(私は隅っこでひっそりしてたいんだから、わざわざ表舞台に引っ張り上げないでよクソ陽キャ共! F○○K!!)
「えっと……何かな?」
思わず口から出てきそうになった言葉を飲み込み、ごめん聞いてなかったって感じで聞き直す。
「ほら、魔女っていっつも本読んでるし占い得意そうじゃん。どう、やってみない?」
(なーにがやってみない? だよポンコツ! キャラづくりのために魔女やってんじゃないんだよ!!)
「えっ、その、ごめんなさい。私には、ちょっと」
怒りに震える私の顔は、相手から見れば緊張で照れているように映っているらしく、
「そっか、ごめんなー。それじゃ、占いはなしでー」
他のクラスメイトも私の興味をなくし、出し物決めへと戻っていた。
私は本へと目線を戻し、心の中でため息をついた。
「(はぁ、めんどくさい)」
いっその事、ここまではっきりと言えることが出来ればどんなに楽だろうか。
今後の人間関係に亀裂が入っても元々一人で過ごしていたからそこまで支障はないのだけれど、
「あんたは昔から物事をはっきり言い過ぎだから、ちょっとは抑えなさい」
と、幼少期に親から釘を刺されているのでそれはできないのだ。
私の致命的な欠点、それは『言葉の毒が強い』こと。
きっと前世は毒の沼地とかに住んでいた魔女だったんだろうと親から悲しまれたけど、実の娘にそれはあんまりだ。
ともかく私は、口から吐いた毒で不用意に相手を傷つけないよう、努めて自分を出しすぎないよう読書に励んでいるのだ。
別に読書が嫌いということではないから、そこは勘違いしないでほしいところではある。
などと考えていたら、どうやら出し物が決まったようだ。
「よっし、それじゃウチのクラスの出し物はお芝居の『白雪姫』に決まりでーす!」
「いえぇぇぇい!!」
(いえぇぇぇい!! じゃないようるっさいなぁ!! 君らは何か? 騒がなきゃ死んじゃうのか!? マグロなのか!?)
いけない、これ以上ここにいると我慢できないかも。
出し物が決まった以上ここに用はないので、先に文芸部室に寄ってから帰ろう。
あそこなら、私の飲み込んだ毒を吐き出すことが出来るのだから。
そんなことで頭がいっぱいだったせいで、教室を出た私を追いかける人物に気づくことができずに、まさかあんなことになるとは思いもよらなかった。
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