第5話 友達3人目

「え?」


 俺は、その問いかけの意味が分からず、不覚にも間抜けな声を出してしまった。


「だって明らかに私より何倍も上手かったじゃないですか!!」


「………なんで?香山さんは俺の何倍も上手いよ?表現や抑揚とかさ、ほ「やめて下さい!そんなありふれた歌に関する技能について話しているんじゃないんです。どうしたらそこまで、〈歌の世界〉に入り込むことができるんですか?」


 そう俺に聞いてきた香山さんは、思い詰めた顔をしていて、そして、どこか焦っているように見えた。まるで時間が一秒でも惜しいと言っているような気がした。


 俺は、香山さんの瞳を見ながら答えを言う前に、ある一つの、確認をした。


「香山さんはさ、さっき歌っててさ、心の底から楽しかったと言える?」


「っ!!」


 香山さんは、目に見えて動揺したように見えた。まるで触れてほしくないと、彼女の心が拒んでいるようだった。


 俺はその様子を見て、当りだと確信したけれど、香山さんが求める答えなのか不安を感じたが、俺の根底にある歌に対する考えを伝えることにした。


「歌でさ、観客を楽しませたい、または伝えたいって本当に思うんだったら、まずは自分自身がそういった気持ちにならなければいけないと俺はそう思っている。そうじゃないと、どう考えても中身が伴ってない歌になってしまうし、そんな人は真に相手に伝わる歌など歌えるわけがないから。

 思い詰めることは悪いことではないと思ってる。だけど、それによって自分の歌に対する思いを忘れてはいけないって俺はそう思ってるんだ。だってその思いは自分自身の原点でもあるんだから。

 香山さんの歌に対する思いって何?」


「……私の歌に対する思い……………」


(やっぱ柄じゃねぇな……)


 そう俺は、内心で苦笑した。俺はただ歌が好きなごく普通の高校生だ。俺は自己中な人間だから、他人を慮るのは少し抵抗感がある。


 そんな事を考えていると、香山さんが、決然とした瞳で俺を見てこう言った。


「わたしの歌に対する思いは〈上手くなる事によって褒められたい〉ただそれだけです。」


 他の人が言ったのなら俺は、自嘲、または卑屈になっているなど考えただろう。しかし香山さんは、否、その思いは、鋼鉄の何千倍も硬いのだと用意に理解できた。


「………そうか、分かった。それで香山さんは軽音楽部に入る?」


「はい!久遠くんもやりますよね!」


「ああ、じゃあこれから3年間よろしくな」


「こちらこそよろしくお願いします久遠くん♪」


 こうして、俺は、学年一の美少女である香山凛音の友達となるのだった。

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