第2話 マリアンヌが不機嫌になった。

ここ聖ドニ女子高での朝は他の寄宿学校と大差ないと思う。

あたし達は朝7時に起きたらお祈りを捧げ、朝食のあとは8時に始まる授業に備える。寄宿学校としては至って普通の午前のスケジュールだが寄宿学校自体がフランスでも珍しい。加えて珍しい制服を着用しているので外出すると他校の男子学生から声を掛けられる事もままある。

12月に入って1週間、私たちは冬休みが近づくにつれ冬季休暇が待ち遠しくなり興奮を隠せなくなった。何せこの聖ドニ女子学校はフランスでも有数のお嬢様学校なのだ。スイスの山岳リゾートやフランス南部のリゾートで快適な冬休みを過ごすのがお約束でかくいう私も今回の冬休みを利用して友人のマリアンヌの実家にお泊りにしにいくのだ。


「校長先生の話ってさ、絶対誇張が入ってるよね?」


寒い朝、毎週月曜日にダリ校長先生のスピーチが必ず行われる。普通のスピーチでも本来生徒は聞く気などないのにダリ校長の場合、これがまた非常に胡散臭いのだ。なんでもダリ先生の話では自身は元レジスタンスの闘士であり当時将軍だった今の大統領から直接勲章を授与されたとかそんな自慢話に絡めて良い事を行えだの派手な格好をするなだとかの説教をしてくるのだからいくらダリ先生が温厚な性格であたし達生徒から好かれているといえども毎週のこのスピーチだけは不評だったのだ


「ごめんアリス。聞いてなかった。それどころじゃないの。」


私が話している申し訳なさそうな顔をしている相手は友人のマリアンヌという同学年の女の子。どうもロシア系らしく世界からあらゆる子が生徒としてやってくるこの学校では珍しい正教徒だった。


「お兄さんの事?」


お兄さんと耳にした途端に先程までの顔が一瞬に不機嫌になる。中学の頃から彼女の友人をやっていると本当にお兄さんにこだわるんだなと思う。


「そう!あいつの事!何なの今更、行き成り会いにに来るって・・・。」


「マリアンヌ、お兄さんの事「あいつ」って」


「あいつは「あいつ」で十分よ!」


彼女の兄である「アレクサンドル・タトリーヌ」さんが彼女に会いに来ると連絡して来たらしい。正直家族をあいつ呼ばわりするマリアンヌもだけど当のお兄さんもどうかと思う。

というのもこのお兄さんはマリアンヌの話を聞けばこれ程行動に疑問符がたくさん浮かび上がりそうな人物はいないだろうとあたしは確信する。

昔は違っていた様で兄妹はお母さんといっしょに仲良く暮らしていたらしい。

けれどもお母さんが再婚をして以来、家出同然に外人部隊に入ったという事で母親もマリアンヌ自身も相当ショックだったと言う。特にマリアンヌのお母さんはお兄さんがアルジェリアでの戦争で死ぬかもしれないと暫く泣く事が止められなかったらしい。しかもその後、アルジェリアの独立直後に軍との契約を終えた筈なのに一度もリヨンの家に戻らず除隊後はどういう訳かパリに移って写真家として働いているのだとか。

マリアンヌが不機嫌気味なのは今まで連絡を殆ど絶っていた兄が昨日唐突に迎えに行くと彼女の学生寮当てに電話をかけてきたのだ。プリーツスカートから生えたマリアンヌの黒ストッキングの右足が机のしたでそわそわとした動きをやめていない。

貧乏ゆすり程でないにしても友人としては心配になってしまう。


「あいつがやってきたら最初に文句の一つや二つ言ってやるんだから」


「いきなり文句はよくないよ。まずは挨拶してからでも良いんじゃない?」


「家出に事情があるかもしれないよ。でもお母さんを泣かせたんだよ。それだけは許せない。」


「なんだかんだでお兄さんの事が気になるんだね。羨ましい。」


あたしはもう家族には会えないから。



昼食を終えて4時間目の授業は歴史で担当のタンギー女史は規律に厳しい事で生徒からは大変評判が宜しくなかった。窓際に座っていたクラスメイトのアリアナがじっと窓の方を見つめていたのを今日もタンギーは叱責し始めていた。


「失礼ですがアリアナ女史、授業中ですよ!集中なさい!」


叱責されたアリアナは特に悪びれる事もなくタンギー先生の方を向くと反論した。


「でもタンギー先生、校門の方が何処か騒がしい様子なのでどうしても気になりますの」


「校門がですか?」とだけ言い、窓際に近づくとタンギー先生もアリアナの見ている方向へ顔を向けて暫くすると教室のあたし達にぎょっとした顔を見せた。

何か不味いものを見た顔だな。


「生徒の皆さんは暫く自習してください。絶対に学校外からでてはいけませんよ!」


そう言い残して先生はクラスを出て行ってしまった。

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