秘密工作員 デルタゼロ
ル・カレー3b
第1話 妹の町に来てみた。
憲兵による車の検問をオートバイに跨って車列で待ちながら冬の風を感じる。
そんな中、除隊時に頂戴したF1ジャケットですら貫くような寒さが襲って来たのだ。
僕でもこんなにきつく感じるなら彼女は大丈夫なのかと今更兄貴ぶる。僕にその資格は無いのに。
「おたく免許証かなにか持ってる?」
あれこれ思いにふけっている間に年配の憲兵が僕に身分証書を要求して来たので言われた通りオートバイ用の免許証を彼に提示する。免許証を確認している憲兵を見ていると肩からMAT49短機関銃をかけている。弾薬を入れるマガジンが銃口の方へ折り畳まれて暴発を防いでいる様だ。一応彼らが軍所属とはいえ短機関銃とはただ事では無さそうだ。
憲兵の方も免許証では満足していないようでバイクに載せていたダッフルバッグも見せろと言ってきた。
「袋の中身を見せられない場合は近くの署まで来てもらうからな。」
年配の憲兵の後ろからもう一人、今度は僕と同じ年ごろの若い憲兵がゆっくりと短機関銃を構えるそぶりを見せて来る。しかし彼も同じ様にマガジンを折りたたんでいるので撃てる訳がないのだ。
落ち着け。さっさと見せてしまえば大丈夫の様だ。
カバンの中から替えのワイシャツ、ネクタイとチノパンに下着一式、そして恥ずかし気な表情でヌード写真が一面のポルノ雑誌を一つずつ二人に見せる。見せ終わった着替えをバッグに戻している間に年配の憲兵が僕に声をかけた。
「よし、行っていいぞ。」
二人とも安心した様で良かった。バッグの底に隠したままのピストルは出さずに済んだ様だ。自然な風を装って情報を収集してしまおう。
「随分厳しい検問ですね。何かあったんですか?」
年配の方の憲兵が間を少し置いて口を開いた。
「最近この地域が物騒になってきてな。銀行やら憲兵の派出所やらあちこちが襲われて金品や銃が奪われているんだ。そこであちこちに警戒網をはっているんだ」
失礼だがこんな田舎町で何故強盗が発生するのか理解に苦しむ。すくなくともスペイン国境ではない筈だが。
「そういう君は何故ここに?」
下手な嘘はつかずここは正直に答える事にした。
「妹が近くの学校に通っているんです。聖ドニ女学院っていう。」
あぁ、とすぐに納得して貰えた。何せフランス有数のお嬢様学校なのだ。僕達の家庭は決して上流の家庭ではない筈なのだがどうしてそんな場違いな場所を選んだのか彼女の判断は理解に苦しむ。
若い方の憲兵が僕に後ろの方の車列を指したので僕はハッと気づいた。そうだ後ろがつっかえているんだったなと。
「妹さんにプレゼントでも渡すのか。まぁもうすぐクリスマスだからね。」
そういう事にしておいて僕は二人の憲兵に軽く左手でピースサインを掲げながらオートバイで検問所を後にした。
妹とは既にプレゼントを渡せるような仲ではなくなった。
あの日、いつもの様に抱き着いて我儘を押し通そうとしたマリアンヌを僕は冷たく突き放したのだ。
そんな彼女にどういう訳か今更会いたい気分になったのだ。簡単な電話で会いにいくとだけいった。しかし家族を後にした僕をマリアンヌは許してくれないだろう。
思考と行動が矛盾しているのは分かっている。
しかし結局その中の矛盾を何も解消できぬまま妹のいる学校へとバイクのハンドルを切った。
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