第6話 蝙蝠
月明かりが降り注ぐ中、自分は夜の森を疾走していた。その眼は仄かに降り注ぐ月光の明かりを頼りに危なげなく地面を踏みしめて、まさに夜の森を切り裂くかのような速度で走っている。
あの家に置いてある地図が正しいなら、そろそろ森を抜けてもいいはずだが……周囲の確認をするも、まだまだ、森は続いている様に見えた。自分が眠ってから、目覚めるまで何年かかったか、分からないが、森がここまで広がっているということは、数百年では、済ますことのできないだろう。
自分が走り出してからは、魔物にも、獣にも1度も襲われていない。正確には、走ってる途中で目が3つある猿だったり、50cmはあろうかという牙を持った猪だったり、額に一本のツノがある耳が刃状になってるような1m近いウサギだったりに遭遇してはいたのだ。だが、そのどれもが森の中を高速で走る自分に追いつくことが出来ずに振り切られていた。
戦闘経験を積む為だったり、まだ正確には分かっていない、自分の肉体のスペックをきちんと理解する為、あるいは能力の成長を促す、という意味もあって狼のような獣はともかく、魔物との戦闘はしたいと思っていた。
だが一端魔物との戦闘を始めれば、それに釣られて集まってくる他の魔物や獣といった相手との戦闘を行わなければならないというのも狼との戦闘で分かっていたので、今はとにかく森を抜けるのを最優先目標としてひたすらに走っている。
ガサッと、左側の木から何かが飛び出してきた。慌てずに、冷静に、確実に殺意を持って突撃してきた生物を確保する。コートにくるませる様にして捕まえたのは、前肢が翼の様になっている生物、俗に言うコウモリだった。
動物にも同じ様な生物がいるが、これは違う。翼が異常なほど鋭く、まるで刃物の様になっており、親指の鉤爪も同様に、ナイフの様に発達している。
普通のコウモリは、虫や花、その実などを食らうが、恐らくこの魔物は肉を食う。正直、どのように消化器官などが進化したのかは分からないが、魔物となり、魔石ができた影響であると考えられる。だが、しっかりと考えている暇はない。そんな悠長なことをしていたら、即死亡が確定するだろう、自分以外ならば。
コウモリの首を捻じ切る。ゴキリ、と小気味良い感触と、音がした。ネジ切れた首の隙間から、血がたらりと垂れてくる。即座に腕輪に収納。
頭上から、もう一体襲いかかってくる。まだ、手の届く距離ではないので、触手を展開。形態を鋭く変化させ、向かい打つ。
グニュ、という肉を貫いた感触が、自分に伝わってくる。いい、感触。死体の肉の部分を吸収し、毛皮を腕輪の中へ。そこそこ、この触手の扱いも慣れてきたように思う。自分の肉体の一部のように操れるとはいえ、まだまだ、この能力に目覚めて、日が浅い。修練は、欠かさないようにしている。
それから数分。木の上や茂みの中と至る所から襲ってくるコウモリを触手で刺し、左手で捕まえてそのまま握りつぶし、喰い殺し、引き裂く。だが、コウモリ達は仲間が幾ら殺されようとも構うことなく襲い掛かり、その度に死体を増やしていた。
金が増えるのはいいが、そろそろ面倒臭くなってきた。
何匹殺ってもキリがない。
斬りすぎて、もはや慣れた。触手を一閃、飛んできたコウモリの首を纏めて刈る。頭だけが、瞬く間に後方へ向かって落ちていく。当然、胴体部分は収納してある。
ふと、前に視線を向ける。するとその視界の先では、ここまで延々と生い茂っていた木がようやく途切れているのが視界に入ってきた。一筋の光が、まるで自分を迎えるように道を造る。
出口だ。
安堵の息を吐きながら、横に生えている木から襲い掛かってきたコウモリの首へと触手をを素早く突き刺し、息絶えたところで腕輪へと収納する。
速度に乗ったまま、地面を蹴って浮遊感を感じた数秒後には、自分は森に生い茂っている樹木の上にあった。空歩の、能力だ。トトトン、と軽やかに、夜を駆ける。
夜空には雲一つ無い状態で月が輝き、月の光を地上へと照らしている。そんな夜空を、自分は黒のコートをはためかせ、飛ぶ。夜というのも関係しているのだろうが、夜空には自分以外の他には、何も存在していない。まさに自分達の貸し切りのようなその光景。
美しい、としか言いようがない。これからは、色んな絶景を見るのも良いのかもしれない、そう感じる。
だが、そんな時間も長くは、続かない。
目に入るのは、自分と同じように森の中から浮かび上がってくる無数の影、影、影。月明かりしかないので正確な数は把握できない。だが、それでも100程度はいるだろうと思わせる数だ。
やはり、というか当然というか、コウモリは飛べる。常識だが、流石にもう追っては来ないだろうと、そう、思っていた。
鳥に匹敵するほどの完全な飛行能力。数メートルから数キロ飛べるという、驚異的なその力。魔物になることで、それも、強力になっていることだろう。
さて、どう始末するか……
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