第5話 肉塊
何か、来たか……
周囲を確認する。背後へ視線を向ける。微かにだが、気配を感じる。野営の途中に襲撃されても、面倒だ。迎撃、するか……
いつ、襲ってきてもいいよう、触手は展開しておく。左右一本ずつ、中心から一本、計3本。ガサリ、と敵が動いた音がした。
圧倒的暴力の塊を、打ち込む。
「ギャン!」
悲鳴が一つ。手応えはある。吸収、何も聞こえなくなる。シンとする空間。音は、何もない。痛いほどの静寂、ジリジリと伝わってくる。
痺れを切らしたのかゾロゾロと動物が出てきた。やはり、動物、我慢するほどの精神力はない、か。野犬……いや、狼か?現れた狼達は、自分の膝丈くらいまでの大きさで、灰色の毛皮を持つ狼だった。その数6匹。
数は多いが、あの熊よりはましであろう。見た所、あの熊のように水を纏っている訳でも無ければ、大きさ的にも、普通の犬とそう変わらない。犬と狼という差はあれども、戦力的にはこっちの方がまだ組しやすいと感じられる。
しかし、こいつらは魔物ではない。
魔物、魔獣、モンスター。呼称自体は多数あるが、それ等が示すものは同一。即ち、魔石と呼ばれる結晶を己の心臓に持つものだ。基本的に魔石は心臓に埋まっているのが一般的だが、中には例外的にそうでない種族もいる。
魔石は、魔物の部位の中で一番高く売れる場所である。先程、熊を倒した時はものすごく後悔した。後ろを向いてしまいそうになったほどだ。触手によって、全てを吸収した。よって、殺した時に得た力、それと吸収した力。これらが合わさり、通常よりも大きく成長することができる。
だが、それとこれとは別だ。力が強くなっても、金がなければ、世の中どうにもならないのである。なので、この狼は吸収せずに、持っていきたいと思ったが、いきなり一匹殺ってしまった。
今、己が眼前でこちらを睨む狼、こいつらは、魔石を持っていない、ただの獣でしかない。
尚、普通の獣が何らかの手段――生まれつきの突然変異だったり、魔力場と呼ばれる場所に長時間いたり、何かの偶然で手に入れた魔石を呑み込んだり――で魔石を手に入れ、尚且つ子孫を残すことに成功した場合は新たな魔獣としての生態系を確立することになる。
せめてもの救いは、毛皮は売れるということか。
自分の考えている時間、ジッとしていた狼だったが、緊張感に耐えられなくなったか、飛びかかってきた。所詮動物だ、と侮っていたが、流石にこの魔境で生き抜いている種族なだけはある。一瞬のうちに、口から牙が伸び、紫の液体をポタリ、ポタリと垂らす。
液体が、落ち葉の上に垂れる。ジュッと音を立て、一瞬で蒸発した。
これで魔物ではないのだから、ここに適応するのが、いかに困難なのか分かるだろう。この毒も、当たらなければどうってことはないとはいえ、もし、当たってしまったら、という可能性の話をすると、少し震えが来る。
触手の形を刃の様にして、首を掻っ切る。プシュッと噴水の様に、血が噴き出す様を、多少愉快な気分で見る。
やはり、一度の戦闘である程度の、身体の性能を知ることができたのは良かった。余裕を持って、対応することができる。
襲いかかってきていた、もう一方の狼の方へと向かう。触手で狼の死体を掴み、放り投げる。すると、今にも跳躍しようとしていた狼へ、死体がぶつかりもんどり打って倒れる。
倒れた狼の首を刈り、命を貰う。
「ガルルゥゥ……」
さすがに自分達の仲間が半分以上を殺されて、多少は慎重になったのか、残り3匹は警戒するように自分を囲む。だが、それでも一向に退く気配は無い。
牽制として、一本の触手を真っ直ぐ伸ばし、敵を分断、一匹一匹確実に殺っていく。
「グゥアッ!」
飛びかかる狼。長年の狩りの経験からか、知っているのだろう。首を刈れば生物は死ぬと。だが、自分も死にたくはないのでね、やらせはしない。瞬時に触手を腕に纏わせ、眼前に迫る大きく開かれた口に突っ込む。
当然、人型の生物と狼では、口の造りなどが違う。狼や犬は、喉の深い所まで異物を入れられるとその身体構造上、一担喉の奥の物を吐き出すまで口を閉じることが出来ない。
突き刺した腕の触手の形を変形、刃に変え、腕を横に薙ぐ。その威力は、喉を貫くどころではない。狼の顔の上半分、それを綺麗に切り飛ばした。
ピッと数滴、顔に血がついた。ずるりと、狼の体が落ちる。ボトッと落ちたモノを、冷めた目で見る自分。それを見る残り数匹の狼。
狼は理解する。これは、自分たちの手に負える様な存在ではないと。目の前で己の仲間を一瞬にして、殺害。二匹とも、綺麗な切り口だ。一匹は切られ、もう一匹は顔の上半分を削り取られた、見るも無残な死に様だ。
逃げるしかない。そう、本能が告げている。今までこの森で生き残って、培った第六感。生きていたいならば、この存在から逃げるしかない。隣にいるもう一匹と、目を合わせ、背中を向ける。駆け出す。恐らく、追っては来ないだろう。この鬱蒼と植物が生茂る森の中で、自分たちを追うのは至難の技だ。
そう考えていた。
視界が徐々に左右でズレてくる。理解した。自分は切られたのだと。アイツにやられたのだと。隣を見ると、そこには首のない、一つの肉塊が転がっていた。これから自分もその一つになることを理解させられた。割れた視界が反転する。最後にアイツの姿が見えた。美しい黒い髪を靡かせ、嗤っている。狂気的な笑みを浮かべ、触手を動かしている。勝てると思って戦いを挑んだのが間違いだった。アイツはまるで……
悪魔だ
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