第4話 戦闘
ここで、大きく飛んで避ける、ということはしない。してはならない。三角飛びの要領で、木を足場にし反射したとしよう。まず、そこで足を踏み外してしまう、というリスクが出てきてしまう。
そこでミスをしなかったとすると、飛ぶ向きの問題だ。角度がズレると、熊に直撃、最悪、餌食になってしまう。
また、ここでもミスをしなかったと、仮定する。次は、攻撃する場所、仕方である。咄嗟の判断が大事な戦闘は、蹴りを放つか、殴るか。当然だが、そこで全然変わってくる。ミスをしたら、それ即ち死。
これで分かっただろう。成功して、相手にダメージを与える可能性が、どれだけ低いのか。
だから、自分は……
突っ込んでくる、熊を一瞥。横にスッとズレ、左拳を叩き込む。
拳圧と、熊自身の速度により威力が増し、熊の体が少し浮く。チラリと、のぞくと、拳の形に腹が抉れていた。
目の前の小さな生物如きに、傷を付けられた驚きと、苛立ちに吠えた熊だったが、その傷は決して小さいものでは無い。ただし、魔物の生命力を考えた場合は致命傷という訳でも無い傷だ。
熊の脇腹が、纏っていた水で覆われたかと思うと、目で見て分かる程の速度で再生していっている。10秒程度で熊の脇腹の傷から流れていた血は止まり、傷そのものも消え去ってしまった。
感心する。その再生能力。さすが魔物、と言えばいいだろうか。通常の獣では完全に死んでいた。つまりは、回復させる暇も与えずに、一撃で大きなダメージを与えるしかない、ということだ。
面倒だが、やるしかないか。
地に伏せた状態から、全身のバネを活かして前に突進。熊目掛けて、急速に距離を詰める。
「ガアァァッ!」
勝利の雄叫びを上げる、熊。ここまで近づいたなら、リーチの差で自分が勝つ、そう思っているのだろう。
だが、それは違う。
決め付けているようでは、あるが、これは、運命だ。そう、運命が自分に、告げている。
能力を起動する。左腕に、ナニカが巻きつく。黒い、触手のようなモノ。先が鋭く尖っている。赤黒い線が血管のように、複雑に紋様を作り、脈打っている。
自分には、分かる。これが、己の背中から発現していること、自分は、これを自由に操作できること。
何かが巻き付いた腕を突き上げる。熊は、腕に水を纏わせ、防御する。プシュッと熊の纏っていた水が、わずかに弾け飛ぶ。触手の先は、熊の腕を貫いていた。纏う水が、赤黒く染まっていく。何かが、熊の力を吸い取っている。
動物の表情など分からないが、目の前の熊が、呆気にとられていることは分かるような気がした。
数瞬後、思い出したかのように、熊が左手振り下ろしてくる。受け止める。ズシンとした衝撃が、腕に伝わってくる。少し、足が地面に埋まったようだ。ギリギリと、まるで鍔迫り合いのような状況が続く。力が拮抗する。熊と、しかも魔物と力比べをしている自分に、少しの驚愕の念を抱く。
しかし、熊は限界のようだ。己が体のスペックを調べてみようと行った力比べだったが、自分の方は、まだまだ出力できる。
もうそろそろ、いいだろう。
突き刺さったままの、ナニカを霧散させ、熊の体に入り込ませる。支えを失い、熊の腕がだらりと垂れ下がる。
背中からもう一つ、何かを出して、じゃまな熊の左腕を切り落とす。ニュルリと蠢くナニカは切り落とした左腕を吸収する。側から見ると気味が悪い。だが、自分にとっては愛おしささえ、感じてしまうような存在だ。能力であるからなのだろう、そのような感情を持つのは。
吸収すると同時に、腹が満たされ、力が湧いてくる。
「グゥァァァァアアア‼︎」
下等生物が、吠える。
やかましい。
腹に指を伸ばした状態で手の先を当てる。そして、一気に拳を作る。発勁、と呼ばれる技術の模倣だ。最小限の動きで、最大限の威力を作り出す。
それを受けた、受けざるを得なかった下等生物は、当然、後ろに吹き飛ぶ。バキバキと、木を折りながら、宙を舞う。いくつか折れた木の破片が突き刺さっているが、治せるだろう。
熊は、起き上がらない。少量の水を纏っている。最初に見た時よりも明らかに、少なくなっている水。やはり、回数制限、又は力の総量などが決まっているのか。
まぁ、それも関係ないがな。
先へ進む。
生死の確認はしない。処理の仕方は考えてある。だが、血の匂いなどは、誤魔化すことはできないだろう。感覚を研ぎ澄ませ、自分の進んでいた方向を掴む。
霧散させ、熊の体内に潜り込ませたナニカは、いまだに自分の支配下にある。それはどういうことか、こういうことだ。
左手の人差し指の付け根を、何かを押すように、親指を軽く下に下げる。
バチュリと、何かが弾けたような、水気を含んだ音がした。
後ろは振り向かない。少し、喰いすぎたか。
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