第2話 黒の朝

 まだ朝も早い時間なのに声が聞こえる。まだ眠いから寝ていたいが身体が揺さぶられて目が覚める。


「兄様起きてください!」


「……どうしたんだよルネ?まだ朝も早いじゃないか」


「いいから早く着替えて下に降りてきて下さい!」


 ルネのこんな剣幕の表情は初めて見た。少し不安を覚えた俺はルネの言うことを素直に聞くことにした。


「わ、分かったから!先に降りててくれ」


「早くして下さいね!」


 俺に念押しをしてからルネは俺の部屋を後にする。


 俺は騎士学校の制服を着てから腰に剣を帯刀し、自分の部屋を出て階段を降りて一階の居間に向かった。


「ソレイア!ようやく起きてきたか!」


 小声で父さんが俺に話しかける。


「どうしてそんな小さな声で……」


 俺の言葉は母さんの手で遮られた。母さんは口の前で人差し指を立てて静かにする様に俺にジェスチャーをして見せた。


「どうしたんだよ父さん?何があるんだよ?」


 俺は小声で父さんに問いかける。


「ソレイア。空と街を見てみろ」


 疑問に思いながらも父さんに言われた通りに居間の窓から空を見上げる。


 暗い?今は早朝だけど夜じゃないはず。それに暗いって言うより黒い感じか?


 空を見上げていた視点を下の街に移すと、


 な、何だアイツ等!?


 街の中は黒いボロ切れを纏い自身の2倍の大きさくらいの大鎌を片手に握った、中性的な顔立ちの男女の集団が街を埋め尽くしていた。


「アイツ等が街の中の人達をあの鎌で斬りまくってるんだよ」


「街の警備隊は?」


「いや見てないから最初に襲われたとかだろう」


 マジかよ!じゃあもう街は制圧されたってことか!


 隣の家から見知った人がボロ切れの男に家から引き摺り出されていた。


 隣の家のおじさんが!助けないと!


 だが、俺が助けようと窓の前から動き始める前におじさんに大鎌が振り下ろされた。


 凄惨な光景を想像した俺は目を逸らす。恐る恐るおじさんを見るがそんなことにはなっていなかった。


 痛がっているが血が出ていない?


 おじさんの身体の斬られたところから淡い光の炎の様なものが身体から吹き出している。ボロ切れの男はその吹き出した炎を掴み引き抜いた。


 その瞬間におじさんの髪の色が白く変色し、おじさんは全く動かなくなってしまった。


 なんなんだよあれ!どうなってるんだ!?


「いいかソレイア。ルネと二人で二階に行くんだ」


「……父さんと母さんは?」


「アイツ等が家に入ってこない様に一階でこの家を守ろうと思ってる」


「……俺も下に残ってアイツ等から父さん達を守る」


 父さん達は戦えないから、アイツ等がもし家に入ってきたときに俺が下の階にいた方が、みんなの生存率が上がることは明白だ。


「……ソレイア。お願いだから上に行って」


「父さんと母さんは戦えないだろ!」


 母さんは真剣な顔で俺にこう言った。


「お父さん達は自分のことよりもソレイア達に良くない事が起きる方が辛いの。お願いだから上に行って隠れてて?」


「そうだぞ?俺の子供達は母さん達の誇りだからな。そんなに心配そうな顔するな。父さんと母さんは強いぞー?なんてったってソレイア達の父さんと母さんだからな!」


「でも……」


「お願い」


 母さんと父さんの今までに見せたことのない真面目な顔に俺は気圧けおされ了承してしまった。


「分かった。ルネ行くぞ」


「で、でも父様と母様は……」


「いいから!」


 俺は二階への階段をルネの手を引いて登り、俺の部屋に二人で入った。


「兄様。父様と母様が心配です」


「いいかルネ。父さんと母さんに何かあったら俺がすぐに助けに行く。だから心配するな」


「そうですね。兄様に任せておけば安心ですね」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 最後の会話から一時間が経っただろうか。窓の外を眺めてみると、空は朝の白さを取り戻したようだ。同時に街からボロ切れの集団も居なくなっていたようだった。


「外が落ち着いてきたみたいだ」


「本当ですね。なんだか安心しましたね兄様?」


 下は大きく動きがあった気配も無かったし大丈夫だろう。父さんと母さんに街の様子を伝えてくるか。


「俺は下に行って父さんと母さんに今の街の様子を伝えてくる。ルネは念のためクローゼットに隠れているんだ。俺が良いって言うまで出てくるなよ」


「分かりました」


 俺は一階に行くために部屋の扉を開けた。


 そして俺が知らない男の声が掛けられた。


「こんにちはぁ。そしてさよぉならぁ」


 その声が聞こえると同時に右側から大鎌が振り下ろされるのを目で捉えた。


「っ!」


 俺は瞬間的に腰の剣を抜き大鎌を頭の上で受け止めてから、自分の身体に鎌の刃が当たらない様に下にいなした。


「おぉ、あなた凄いですねぇ!今のは完全に刈り取ったと思ったのにぃ」


 危ねぇなぁ!


 大鎌をいなして一時の生命の安全を脳が判断すると同時にこの状況に対しての疑問が生まれる。


「おい!父さんと母さんはどうした!?」


「あぁ、中々に綺麗な魂でしたよぉ。そのまま捨てるのももったいないのでぇ食べちゃいましたぁ」


「どう言う意味だ!分かるように話せ!」


 疑問を浮かべる様にボロ切れの男は首を傾げる。


「そのままの意味ですよぉ。美味しく食べたのでぇ貴方のお父さんとお母さんはぁ、死んじゃいましたよぉ?」


 その言葉を聞いた瞬間に俺はボロ切れの男に右下から逆袈裟斬りを放つ。逆袈裟斬りは男の三枚刃の大鎌に防がれたが、間髪を入れずに剣を自分の懐まで引き渾身の突きを放った。


 入った!


 ボロ切れの男の右胸に俺の剣から繰り出される渾身の突きが刺さった。


「痛いですねぇ。私の様なぁ高位の死神じゃなきゃぁ死んでますよぉ?」


 自分の渾身の一撃が入り、完全に勝ちを確信した俺は油断していた。自身を高位の死神と言う男の三枚刃の大鎌の袈裟斬りに全く対応できずに身体を斬り付けられた。


「っうっッッ!」


 斬られたところから先程の隣のおじさんとは違う色の炎が吹き出す。


 いってぇぇえ!マズいマズい!立て直さないと!


「兄様から離れなさい!」


 俺が体勢を立て直そうとしている間に、ルネが両手に魔法陣を展開した状態でクローゼットから飛び出し、死神に向けて右手から炎の槍を左手から風の刃を複数放つ。


 が、死神の纏っているボロ切れに触れると同時にルネの魔法は霧散してしまう。


「自分から出てきてくれてぇ。ありがとうございますぅ」


 死神はその三枚刃の大鎌でルネを横一線に斬り伏せた。


 自分の魔法が意にも介され無いことを予想していなかったのだろう。ルネは特に抵抗する事もなく横一線に胸の辺りを斬られて、声をあげることもなく気絶してしまった。


「ルネ!……お前!」


 俺は斬られた痛みを我慢して左手に魔法陣の構築を始めた。


「まだ抵抗するんですかぁ?元気ですねぇ」


 死神は先程の切り口と合わせてクロスする様に逆袈裟に俺を斬り付ける。


「ッガァァッッ!」


 再び斬り付けられた事によるさらなる痛みに、俺は手から剣を取り溢し床に膝を付く。


「あぁ!どちらも綺麗な色付きの魂だぁ!どっちかしか持って帰れないなんてぇもったいないなぁ」


 死神は考えるように下を向き、良いことを思いついたように顔を輝かせた。


「今起きている君とぉ、私が君の妹で作る作品のどっちが優れているかでぇ勝負をしましょぉ?君が勝ったらぁ妹さんを返すよぉ。でも私の作品が勝ったらぁ君の魂もぉ貰っていくよぉ?うん!それならぁ君の魂も貰えるからねぇ!私はやっぱり天才だなぁ!」


「な、何を言ってやがる!」


「うーん。でもぉ、妹さんの魂はぁ分割されることになると思うからぁ不公平だなぁ……君の魂もぉ半分にすれば平等だよねぇ?」


 奇妙な提案をした死神は俺が斬られたところから吹き出す青に輝く炎を引き抜いた。


「っっッッッ!」


 まるで生きたまま臓物を引き千切られるような痛みが全身に走り俺の身体から熱と汗が噴き出てくる。


「とても綺麗な色付きの魂だぁ。ビンも一本しか無いからぁ持って帰れないし、君のこの半分の魂はぁ食べちゃうねぇ?」


 俺から引き抜いた炎を死神は口に運んで咀嚼した。


「あぁあぁあ!なんて格別な味だぁ!貴重な色付きの魂を食べたのはぁ私が初めてじゃないかなぁ。やったぁ!」


 死神は満足そうな顔で咀嚼した物を飲み込んでからルネに近づき、ルネの腹から吹き出した赤に輝く炎を全て引き抜いた。


 その瞬間ルネの美しい黒い髪は白く染まり顔から生気が消えていく。


「やめろ!今すぐルネを元に戻せ!」


 俺の声に反応することもなくルネから引き抜いた赤い炎を、ビンに詰め込み懐に仕舞った。その後すぐにルネの身体を脇に抱えた。


「ごめんねぇ?妹さんはぁ良い素材だしぃ、君との約束もあるからぁ身体も貰っていくよぉ?」


「待て!ルネを離せ!」


 俺の静止も聞かず死神は部屋を後にしようとする。


「あぁ、そうだぁ」


 思い出したように死神は俺の方に振り向いた。


「妹さんをぉ貰っていくお詫びにぃ、私の作品を贈ってあげるよぉ?あぁ、心配しなくてもあげるからぁ返さなくて良いよぉ?」


「ま、待て!!」


「じゃあねぇ。ありがとうねぇ」


 そう言って死神は下に降りて行った。扉を開ける音も聞こえたから外に出たのだろう。


 る、ルネを追いかけないと!


 だが俺の身体は意志に反して全身の痛みで動かなかった。次第に痛みで意識も遠くなり俺は事切れたように気絶してしまった。

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