第853話 解析の勇者

足の指を利用して文字を書く事は初めてであったが、単純な漢字ならば書くのはそれほど難しくはない。バッシュの攻撃が行われる寸前、レアは彼が身に付けている「鬼王」を「十手」へと名前を変換させた。


確かにバッシュ自体は死霊なのでレアの解析の能力を利用しても生物ではない彼の詳細画面は開かない。しかし、彼が所有する魔剣は別であった。魔剣であろうと解析の能力は通じれば文字変換の能力で別の道具へと変換できる。


最初の戦闘の際にこの方法をもっと早く思いついていれば有利に立ち回れたが、もう今日の分の文字数は使い切ってしまった。最初にサンが所有していた「電灯」を作り出すのに2文字、クロミンを「上位竜種」に変更するのに4文字、そして自分自身の治療のために「健康」と鬼王を「十手」に変換するために4文字、合計10文字を使い果たした。



(これで最後だ……!!)



もうここから先は文字変換に頼る事は出来ないが、バッシュもここまでの戦闘で相当に力を消費しており、なによりも最大の武器である鬼王は失われた。彼に残されたのは十手と彼に従う黒炎ジャンしか存在しない。



「バッシュ……行くぞ!!」

『貴様……解析の勇者如きがぁっ!!』



立ち上がったレアはバッシュの元へ駆け抜け、収納石に手を翳す。バッシュに対抗するには聖剣が必要であり、彼が取り出したのは最も聖属性に特化した「エクスカリバー」であった。


どうしてここまでの戦闘でエクスカリバーを使用しなかったかというと、エクスカリバーの場合は所有者の魔力を吸い上げる事で能力を発揮する。その点ではフラガラッハやアスカロンよりも負担が大きい。


王城を破壊する程の魔剣と魔力を持つバッシュを相手にレアがエクスカリバーを使用しても倒せる保証はない。だからこそ最初は奴の魔力を削り切るために敢えて戦っていた。



(もうこいつに手加減する必要はない……全力で行くぞ!!)



肉体が完璧に治り、更には疲労も抜けきった今のレアならばバッシュを倒す自信はあった。エクスカリバーを握りしめたレアはバッシュに攻撃を行う。



「喰らえっ!!」

『ぐっ!?』

『サセルカァアアッ!!』



エクスカリバーから放たれた光刃に対してバッシュの周囲に拡散していた黒炎が集まり、人の形へと変化を果たす。ジャンは最後の力を振り絞って光刃を受け止めるが、その瞬間に彼の身体が消え去る。



『アアアッ……!?』

『ジャン……よくやったぞ!!』



ジャンは光刃によって掻き消され、遂には完全に消滅してしまう。だが、その間にバッシュは動く事に成功し、この隙にレアへ向けて踏み込む。



『勇者ぁあああっ!!』

「くっ!?」

「うおりゃあああっ!!」



レアに向けてバッシュは拳を繰り出すが、この時にシゲルが駆け出すと、彼は闘拳を身に付けた拳を叩き込む。バッシュとシゲルの拳が衝突した瞬間に衝撃波が広がり、互いに吹き飛ぶ。



『ぐあっ!?』

「今だ、霧崎!!やっちまえっ!!」

「うおおおおっ!!」



シゲルの援護を受けたレアはエクスカリバーを握りしめ、刀身に魔力を送り込む。他の勇者と違ってレアは魔法の類は扱えないが、体内に魔力は存在する。


エクスカリバーにありったけの魔力を送り込んだレアは刀身を光り輝かせ、巨大な光剣へと変化させる。その光景を見ていた物はあまりにも神々しい光を放つ聖剣を見てこんな状況にも関わらずに見惚れてしまう。



(レア君、君こそが……真の勇者だ)



美しくも力強さを感じさせる聖剣を手にしたレアを見てリルはそんな風に考えてしまい、バッシュも光剣を構えたレアを見て叫ぶ。



『おのれ……勇者ぁあああっ!!』

「そうだよ、俺は……解析の勇者だぁっ!!」



渾身の力を込めた一撃がバッシュの肉体に叩きつけられ、遂にはバッシュが身に付けていた鎧が破壊され、内部に収まっていたバッシュの肉体ごと切り裂く。


エクスカリバーの一撃を受けたバッシュは体内に保管していた死霊石も砕け散り、鎧と肉体という器を失った時点でもう彼にはどうする事も出来なかった。再び勇者に敗れたという事実に彼は悔しく思い、それでも断末魔の悲鳴を上げる事もせずに消えていく。



『……見事だ』



その一言を告げるとバッシュは完全に消滅し、その光景を確認したレアは膝を着く。最後の一撃を叩き込むために体内の魔力を殆ど使い果たし、それでも勝利を確信したレアは握り拳を作る。



「バッシュ……お前、今まで戦った相手の中で一番強かったよ」



慰みになるかどうかも分からないが、その言葉を語り終えるとレアは意識を失った――






※今日は1話です。明日は最終回の予定です。

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