第832話 勇者が辿り着くまで

――同時刻、王都の東門の付近には白狼騎士団を筆頭に王都の守備軍が配置され、更に東西南北の城門に設置されていた「魔導大砲」も運び込まれていた。


敵が辿り着くまで恐らくは一刻の猶予もなく、迎え撃つ準備を整える。相手の正体が不明な以上は下手に仕掛ける事は出来ず、王都に迎え撃つ事にした。リル達は城壁の上から外の様子を眺め、今夜は満月である事が幸いして草原は月の光で照らされていた。



「……どうやら敵は牙山と呼ばれる岩山まで辿り着いたようじゃな」

「ああ、僕達も感じ取りましたよ。さっきから肌がぴりぴりする」

「がくがくぶるぶる……」

「ちょっと、ネコミンさんが一番やばそうなんですけど……」



森の民の族長を務めるカレハは優れた魔力感知を習得しており、敵の位置を正確に読み取る。その一方で他の者達も異変を察知し、獣人族の者達は人よりも優れた本能で危険を感じとる。


もう間もなく、この地に始祖の魔王に匹敵しうる驚異的な存在が訪れるのは間違いない。だが、それを迎え撃つにしても最大の戦力となり得る勇者がいない。



「結局はレア殿は間に合わなかったでござるな……」

「仕方あるまい、あの御方も危険を察知しているであろうが戻るのに時間が掛かり過ぎる」

「しかし、私達がその時間を稼げば必ずレア君は来てくれるはずだ。皆、勇者が来るまで時間を稼ぐ事だけに集中しよう」

「結局はレアさん頼みになっちゃうんですね……まあ、今回ばかりは仕方ありませんね」



脅威は決して一つではなく、現在も王都の王城には魔王という厄介な存在が潜んでいる。魔王の警戒を行いながら外部から接近する存在にも対処しなければならず、ここまでくるとリル達だけで対応できる問題ではない。



「レア君が来るまでは僕達もここを離れられない。住民の避難も完了していない以上、何としてもここで食い止めなければならない」

「相手の正体が不明な以上、対抗策も講じる事が出来ませんからね」

「しかし、魔王が自ら出向いた以上は魔王軍も決着を付けるつもりだろう。つまり、この戦いは魔王軍が壊滅するか、我々が滅びるか、どちらにしても最後の戦いとなる」

「最後……」



遂に魔王軍との因縁に決着を付ける日を迎え、全員が緊張した面持ちを抱く。この時代の魔王軍が本格的に行動を開始したのは数年前だが、実際の所は魔王軍は数百年も世界征服という野望のために動いていた。


数百年という時を費やし、この世界の支配を企む魔王軍と決着を付けるため、ケモノ王国も国内の戦力を集中させる。しかし、最大の戦力となりえる北方領地の軍隊は時間的にも援軍は間に合わず、ガームの力は借りれない。



「現在の王都の戦力はどの程度だ?」

「そうですね、白狼騎士団を中心に王都の守備軍を合わせるとなると……せいぜい1万程度ですね。住民の避難活動や王城の警備のために全軍を動かす事は出来ません」

「たったの1万か……」



王都には常に数万人の兵士が滞在しているが、現在は城下町の住民を避難させたり、王城に残った魔王の警戒のために動かせる兵士は1万人程度だった。相手が未知の脅威である以上、この程度の数の兵士では不安が大きい。


しかし、現時点では外部からの援軍が期待できない以上はこの兵士達だけで何とかするしかなく、現状で動かせるだけの戦力で対応するしかない。



「リリス、君の魔導大砲が最大の武器だ。頼りにしているぞ」

「ええ、まあ……一応は急ピッチで新しい砲弾を作りました。大砲の数は4つ、つまり4回の砲撃で倒さないといけません」

「例の飛行船に搭載した魔導大砲は運び出せないのでござるか?」

「無理ですね、不時着した時に飛行船の魔導大砲も破損したのが多いですし、そもそも大砲なんて簡単に持ち運びできませんよ」

「となると、頼りとなるのはこの4つの大砲だけか……」

「その事に関してなんですけどね、実はこの4つの大砲を扱う際に面白い事を思いつきまして……」



リルの言葉にリリスがある提案を行おうとした途端、唐突にカレハは目を見開き、牙山が存在する方角へ視線を向けた。王都から牙山までは距離はあるが、視力が優れた者ならば王都からの位置でも牙山を捉える事は出来た。



「馬鹿な……信じられん!!」

「え?どうかしたんですか?」

「……あれを見よ、牙山が!!」



カレハの言葉に城壁の上から全員が牙山が存在する方角に視線を向けると、そこには異様な光景が広がっていた。それは牙山の頂上部から火山の噴火の如く、赤黒い炎が噴出していた――

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