第830話 邪竜

――時は遡り、魔王軍の本拠地であるキタノ山脈の隠れ家では全身に魔力を滲み出すジャンが帰還していた。ジャンは苦しみもがくようにその場に倒れ込み、溢れ出す魔力を抑えきれずに身体中を掻きむしる。



「ぐううっ……ガアアッ!?」



ジャンは自分の体内で暴れ狂う魔力を抑え込もうとするが、現在の彼は小さな容器に無理やりに水を流し込まれ続けている感覚に近く、溢れ出す魔力を抑えきれない。


全身から魔力を放ち、身体中から黒炎を想像させる魔力が溢れて止まらない。先の戦闘でジャンは魔力を吸収し過ぎてしまい、もう限界が近かった。



「ガハァッ……ハアッ、ハアッ……ナンダ、コレハ……!!」



先ほどまでは流暢に話す事が出来た口元からも魔力が溢れ、上手く言葉に出来ない。やがてジャンは自らの魔力を制御できず、全身から魔力を放つ。



「グゥウッ……アアアアッ!!」



遂に風船が内側から爆発するようにジャンの魔力が全身から放出され、隠れ家として利用していた洞窟が吹き飛び、岩山その物が崩壊した。


崩壊した岩山からは黒炎の塊のような物が出現し、その中心部にはジャンが存在した。体内の魔力を一斉に発散させた事で少しは楽になるかと思われたが、予想に反してジャンは苦しみもがく。



『ガアアアアッ……!?』



黒炎の塊の中でジャンは悲鳴を上げ、やがて身体が崩れていく。竜人であるジャンといえども肉体は数百年の時を経て限界は当の昔に越えていた。


やがて肉体は完全に朽ちて消えてなくなると、本体が消えた事で黒炎の塊も消散するかと思われたが、肉体が崩れた箇所から赤色に輝く光の球体が出現した。この光の球体こそがジャンの魂その物であり、やがて魂を覆い込むように黒色の膜が構成される。



『ッ――――――!!』



その後、黒炎の塊は徐々に形を変形させていき、やがて西洋の「ドラゴン」を想像させる形へと変化を果たす。外見的には火竜に近いが、火竜と違う点は大きさであり、少なくとも20メートル近くは存在した。



『グゥッ……アギャアアアッ!!』



悲鳴の如き咆哮を放ち、黒炎によって構成された「炎のドラゴン」が誕生した。元はジャンだった存在は西に方角を顔を向けた。


肉体を失いながらも魔力で構成した炎の竜の肉体を動かし、西の方角から感じとるバッシュの気配に対してジャンは動き出す。本能的に彼の元へ向かわなければならないと判断したジャンは王都へ向けて動き出す。



『ギャァアアアッ!!』



まるで鳴き声というよりも悲鳴に近い叫び声を上げながらもジャンは動き出し、その姿はもう生物とは言えず、正に炎の化身だった。名付けるとすれば炎の形をしたドラゴンという事から「炎龍」という表現が正しい。


炎龍は王都へ向けて動き出し、大地を踏み込む旅に黒炎が地上へと広がり、地面が黒焦げと化す。動くだけで黒炎が飛び火する光景は正に災害の化身であり、炎龍が通った後は焦土と化す。



『グギャアアアアアッ!!』



王都へ向けて動き出す炎龍自身もどうして自分が王都へ向かうのかも理解しておらず、自分が主人と認めたバッシュの気配を感じ取って彼の元へ向かう――





――同時刻、王都へ向けて出発していたレア達は地上に降りて身体を休ませていた。ずっと飛び続けてアカも付かれており、休息を挟もうと地上に降りていたのだ。



「うへぇっ……凄いな、まさかこっちの世界でキャンピングカーに乗れるとは思わなかったよ」

「本当だよ〜……レア君、こんなのまで作れるんだね」

「うん、でも皆には内緒にしてくれる?」

「ガウッ!!」



地上に降りたレアは身体を休ませるため、解析と文字変換の力でキャンピングカーを作り出す。ヒナとシゲルはまさかキャンピングカーまでもレアが作り出せる事を知って驚き、とりあえずは身体を休ませる。



「はい、アカ。ドックフードだよ、お腹空いてたでしょ?」

「ガウウッ♪」

「おまっ……犬じゃないんだから火竜にドックフードなんか食わせるなよ!!」

「でも、大好物なんだよ?」

「そうだよ。こんなにおいしそうに食べているのに怒ったら可哀想だよ〜」



レアは当たり前の様にアカにドックフードを与える姿にシゲルはツッコミを入れるが、当の火竜は美味しそうに食らいつく。魔石以外の食べ物の場合、火竜は肉類しか食べないのだが、何故かドックフードだけは好物として食べる。


最初はその恐ろしい外見から距離を取っていたヒナとシゲルだったが、ここまでの移動の際中で二人ともアカに慣れ始め、ヒナに至ってはまるで犬猫を可愛がるように頭を撫でる。シゲルの方も大分慣れてきたのか今の所は落ち着いていた。



「今日はここで泊まる事になるけど、見張りは俺とアカがするよ。あ、でもヒナさんが一緒に寝るのが嫌なら俺達は外で寝袋で寝るけど……」

「う〜ん、そこまでしなくてもいいよ〜」

「ならベッドはこいつに使わせて俺達は床で寝ればいいだろ……ふああっ、今日は色々とあって疲れたぜ」

「そうだね……ごめんね、何か面倒事に巻き込んじゃって」



レアは二人にこんな目に合わせた事に謝罪するが、そんな彼に対してヒナとシゲルは首を振る。

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