第814話 勇者さえ来れば……

『お前達の勇者に伝えろ、いくら便利だからといって魔道具を過信し過ぎると痛い目に遭うとな』

「ぐっ……舐めるな!!この程度のアンデッド、一瞬で消してやるわ!!」

『その一瞬の隙を……俺が見逃すと思っているのか?』



緑刃刀を構えたカレハは廊下から迫りくるアンデッドの群れに対処しようとしたが、それに対してバッシュは鬼王を構えると、カレハの目の前に一瞬で移動を行う。先ほども使用した「縮地」でバッシュはカレハの背中に移動すると、彼女に鬼王を振り下ろす。



『ふんっ!!』

「ぬぅっ!?」

「なっ!?ば、馬鹿な……今のは、縮地か!?」

「あ、あり得ない!!そんな技まで……!?」



縮地を発動させたバッシュはカレハに切りかかると、彼女は緑刃刀でどうにか受け止めるが、派手に吹き飛ぶ。その様子を見ていたオウソウは驚愕の声を上げ、チイも信じられない表情を浮かべた。


達人と呼ばれる程の武人でも習得は困難な「縮地」と呼ばれる移動法を披露したバッシュに対し、その場に存在する者は戦慄した。縮地の移動速度は並ではなく、下手な転移魔法よりも素早く場所の移動を行える。つまり、バッシュがその気になれば一瞬で背後に移動して切りかかる事も出来る。


本来ならば縮地は体力と肉体の負荷が大きい技術だが、既に死亡しているバッシュには肉体が疲れる事もなく、どれだけの負荷を与えようと五体満足ならば身体を動かす事も出来る。生前ならば負担が大きい技術だが、今のバッシュには負担など関係なく扱える点から言っても、もしかしたら生前の彼よりも今の方が強い可能性もあった。



『さあ、余興はここまでだ……早く勇者を呼んで来い、この国の勇者こそが最強だと聞いているぞ』

「勇者だと……つまり、お前の目的はレア君か」

『その通りだ。ギガンを打ち倒し、更に他の魔王を討ち取ったと聞いている』

「部下と同胞の敵討ちのつもりでござるか!?」

『敵討ち?笑わせるな、俺が求めるのは真の強者のみ……敗者の気持ちを汲み取るような真似はしない。そんな事は奴等も望まないだろうからな』



バッシュがこの城に乗り込んだ理由は勇者と戦うためであり、決して敗れたギガンや他の魔王の敵討ちのためではない事を告げる。彼が戦う理由は強者と勝負する事が全てであり、この世界で最強の勇者を打ち倒す事が目的だという。



『勇者とはいつの時代も最強の力を持つ者……その勇者を打ち倒した時、俺は真の強者となる』

「だが、伝承によればお主も勇者と聞いているでござる!!勇者でありながら他の仲間を裏切り、魔王と化したと……」

『確かに俺自身も勇者と呼ばれていた時期はあった。だが、それは遠い過去の話だ……俺の目的はこの世界の最強の存在と戦い、それを打ち倒す事だけ。魔王軍の目的など知った事ではない』

「な、何だと……!?」

『俺が他の勇者を裏切ったのは……勇者のままでは奴等と戦えない、ならば俺が奴等の敵となれば勇者を倒す口実を得る、それだけの話だ』



バッシュはかつて始祖の魔王の幹部の記憶を継承し、魔王軍に堕ちた。しかし、彼は始祖の魔王に忠誠を誓ったわけではなく、彼の目的は「最強」の称号を得るためだけに人生を捧げた事を伝えた。


これまでの魔王とは異なり、バッシュの場合は自分自身が魔王である事にそれほどこだわりはなかった。彼が追い求めるのは「最強」の称号のみ、そしてこの時代の人間の中で最もその称号に近い存在こそが「レア」であると彼は確信を抱いていた。




「そ、そんな理由で……仲間を裏切ったのか!?」

「信じられない……」

「貴様、自分が何をしたのか理解しているのか!?そんな身勝手な理由で世界を滅ぼそうなど……」

『くだらない、そう思うのならば仕方はない。だが、俺の目的は変わらん。何があろうと俺は最強の称号を得る。そのためならば手段は選ばん……貴様等も武人ならば一度は考えた事があるだろう、誰よりも強くなりたいとな』

「それは……」



この場に集まっている物は全員が武道に通じており、バッシュの言い分も分からなくはない。だが、自分が強くなるためだけに他の人間の迷惑も考えずに行動するなど彼等には出来ない考え方だった。


だが、バッシュは自分こそが世界最強の存在となる事を目指して戦い続けた。その考えは最早「信念」と言っても過言ではなく、目的のためならば手段は選ばない。例え世界最悪の魔王として歴史に名を刻む事になっても彼は後悔はしない。



『さあ、話し合いは終わりだ……早く勇者を呼び出さなければこの場所はアンデッドに覆いつくされるぞ』

「貴様……!!」

『勇者が来るまでは俺もここで待たせてもらおう。お前達は捕虜だ……勇者を誘き寄せるための餌となれ』

「ふざけるなぁあああっ!!」



バッシュの言い分にその場に存在した者達は激高するが、そんな彼等の怒りさえもバッシュの心には届かず、彼は鬼王を構えた。

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