第812話 剣王と呼ばれた存在

『どうした?いつまでこうしているつもりだ。貴様等が動かなければ俺はこの女を殺すまでだ』

「ぐふっ!?」

「や、止めろっ!!」



バッシュは自分に仕掛けようとしないカレハ達に対してしびれを切らしたように行動を起こし、自分の傍にいたリルの首を掴み上げる。その気になれば彼の膂力ならリルの首をへし折る事も出来るだろうが、敢えて見せつけるようにリルの首を掴んで持ち上げた。


リルは必死に引き剥がそうとしたが、巨人族をも上回る膂力でバッシュは拘束し、全く引き剥がせる事が出来なかった。どれだけの力を込めようと指一本も動かす事が出来ず、徐々に首を締め付ける力が強くなっていく。



(まずい、このままでは……!?)



意識が失われていく感覚にリルは襲われ、あと少しで気絶するという所で他の者達が動き出す。リルの危機に真っ先に動いたのはチイであり、彼女は聖剣フラガラッハを手にしてバッシュに向かう。



「貴様ぁあああっ!!」

「チイ殿!?駄目でござる!!」

「迂闊に仕掛けてはならん!!」

『ほうっ……その剣は何処かで見た覚えがあるな』



チイがフラガラッハを構えて駆け出すと、慌ててハンゾウとカレハが止めようとした。二人の制止の言葉を振り切ってチイはバッシュに向かうが、当のバッシュはチイよりも彼女が所有する聖剣を見て反応を示す。


フラガラッハで切りかかろうとするチイに対してバッシュは鬼王を構えると、二人の刃が衝突した。廊下に金属音が鳴り響き、互いに鍔迫り合いの状態に陥るが、瞬時にチイは目を見開く。



(何だ、この力は……!?)



全力で攻撃を繰り出したにも関わらず、刃を受け止めたバッシュは微動だにせず、むしろ攻撃を仕掛けたチイの方が腕が震えてしまう。まるで巨岩に対して頼りない棒を振り抜いたような感覚に陥り、チイは刃を交わしただけで自分とバッシュの圧倒的な実力差を思い知らされる。



『……何だ、これは?貴様、本当に聖剣の使い手か?少なくとも前に戦った聖剣の所有者はもっとその聖剣の力を引き出していたぞ』

「ぐうっ……!?」

『どんな手段を使ったのかは知らんが、その程度の力では俺の敵ではない』



チイの全力の一撃を受けてもバッシュは微動だにせず、それどころか彼は少し腕を動かしただけで逆にチイは追い込まれ、立っていられずに膝を崩す。


圧倒的な腕力でバッシュはチイを抑えつけ、そのまま押し潰さない勢いで押し込む。聖剣の力を以てしてもチイはバッシュに抵抗すら出来ず、徐々に追い込まれていく。



(なんという力だ……これではまるで大人と子供、いやそれ以上の差ではないか……!?)



白狼騎士団の団長に昇格した後もチイは鍛錬は怠らず、来るべき魔王軍との戦闘に備えて彼女も訓練を積み、魔物を倒してレベルを上げた。既に彼女のレベルは70に迫るが、それでもバッシュには通用しない。


フラガラッハの「攻撃力3倍増」の効果は発揮されているはずなのだが、それでもチイの力はバッシュには通じず、追い込まれていく。その光景を見ていたハンゾウは彼女を救うために仕掛ける。



「拙者が相手でござる!!」

『ほう、その口ぶり……和国の剣士か?』



ハンゾウはバッシュの元へ向かい、彼女は動きを読まれないように左右に飛び回りながら近付き、聖剣を構える。そしてバッシュの頭部に向けて刃を放つ。



「抜刀!!」



鞘から剣を引き抜く際にハンゾウは戦技を発動させ、勢いを込めた一撃をバッシュに叩き込もうとした。しかし、それに対してバッシュはリルの首を掴んでいた腕を離すと、あろう事かハンゾウが振り下ろした刃を掴み取った。



『愚か者が!!』

「なっ!?」

「ば、馬鹿な!!聖剣を受け止めただと!?」



上段から繰り出された聖剣の刃に対してバッシュは鎧越しに聖剣を掴み取る。その様子を見ていたカレハは信じられないと声を上げ、一方でバッシュの方は初めて怒りの感情を露にして怒鳴りつける。



『抜刀の戦技は本来ならば短刀や刀で使用する戦技、ましてや貴様もこの聖剣の力を使いこなしてはいない……愚か者共が、その程度の力で俺に敵うと思ったか!!』

「ぐあっ!?」

「はぐぅっ!?」

「ぐふぅっ……!?」



床にリル、チイ、ハンゾウの3人が倒れ込み、この際にチイとハンゾウは武器を落としてしまう。その様子を見ていたカレハはこれ以上は見ていられないと思い、彼女も動き出す。



「バッシュ!!それ以上の狼藉は許さんぞ!!」

『無駄だ、その程度の武器で俺を止められると……!?』



芭蕉扇を振りかざすカレハに大してバッシュは鬼王を構えようとした時、ここでカレハは思いもよらぬ行動を取る。彼女は芭蕉扇を上空に投げ込むと、彼女は懐から黒色の魔石を取り出す。


カレハが取り出したのは「収納石」であり、この収納石は異空間に物体を収める力を持つ。彼女は長年の間、異空間に封じていた森の里に伝わる武器を取り出す。

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