第811話 縮地

『これはまさか……縮地か!?』



レアも使用する「瞬動術」の更に上位互換に位置する「縮地」と呼ばれる技能を思い出す。移動系の技能の中でも最高峰に位置しており、使用した場合はまるで瞬間移動の如く、別の場所へと瞬時に移動を行える。


恐るべきことにこの技能は魔法の力ではなく、あくまでも体術に分類される技能である。無論、この縮地にも移動できる距離は限界が存在するが、それは個人の力量で効果が大きく異なった。


リルが知る限りでは縮地の技能は使用者の筋力や体力によって移動できる距離が限られ、もしも普通の人間が縮地を覚える事が出来ても発動した瞬間に身体に大きな負荷が掛かって壊れてしまう。それほどまでに縮地は危険な能力であり、誰もが覚えられる技能ではない。



(すぐに離れなければ!!)



リルは背後にバッシュの気配を感じながらも動き、彼から逃れようとした。縮地の弱点があるとすれば使用する度に肉体に負担が掛かり、体力を大きく消耗する。ならば連続して発動できないはずだった。



『逃さん』

「なっ!?ば、馬鹿なっ!?」



しかし、逃げ出そうとした途端にリルの目の前にバッシュは縮地を発動させ、瞬間移動の如く場所を移動して立ち塞がる。その様子を見てリルは動揺を隠せず、同時に思い出す。



(そうか、こいつは死霊人形……肉体に負担が掛かっても関係ないのか!!)



バッシュの正体が死霊人形である事を思い出したリルは顔色を青くさせ、元から死体である彼には肉体がどれだけの負荷が掛かろうと関係ない。肉体が負荷を負っても当の本人は何も感じず、体力も尽きるはずがない。


死霊人形と化した存在は体力の概念は存在せず、その身に宿る闇属性の魔力が消えない限りは動き続ける事が出来る。これは死霊人形を動かしているのが体力(生命力)ではなく、魔力その物が肉体を操っているからだ。



(逃れられない、だが戦うにも武器が……どうすればいい!?)



リルは自分の前に立ちふさがったバッシュに後ずさりするが、ここでバッシュは何かに気付いたように振り返り、彼は手にしていた鬼王を振り払う。その直後、背後から迫ってきた衝撃波をバッシュは刃で切り裂く。



「ふんっ!!」

「うわっ!?」



バッシュは背後に刀を振り払うと、衝撃波が切り裂かれて拡散し、周囲に衝撃が広がった。その様子を見ていたリルは戸惑うが、この時に彼女は廊下の方から近付いてくる足音を耳にして驚愕の表情を浮かべる。



「女王に近付くな、この下郎がっ!!」

「リル様!!ご無事ですか!?」

「リル殿、助けに来たでござる!!」

「女王を守れ!!敵はここまで侵入してきているぞ!!」

『……やっと来たか』



廊下に駆けつけたのは芭蕉扇を手にしたカレハと、リルの仲間達であった。ハンゾウとチイはバッシュの姿を見て驚くが、すぐに壁際に倒れているライオネルと追い詰められているリルを見て敵だと判断する。


リルが襲われていると判断したカレハも芭蕉扇を振りかざし、衝撃波の如き風圧を放つ。それに対してバッシュは無視を振り払うかの如く、今度は刀も使わずに腕だけで風圧を吹き飛ばす。



『くだらん』

「馬鹿なっ……我が風を腕だけで!?」

「皆、気を付けろ!!こいつは魔王だ!!剣の魔王バッシュだ!!」

「バッシュ!?あの伝説の剣王か!!」



バッシュという言葉にオウソウは反応し、歴代の魔王の中でもバッシュは武に優れていた事から「剣王」の異名を誇る。武人を志す者であるならば彼の事は必ず耳にする程の有名な存在であり、動揺を隠しきれない。



「バッシュ……見たのは初めてだが、その存在は勇者様から聞いた事がある」

「勇者様?それはもしかしてレア殿ではなく、森の里を救ったというあの……?」

「うむ、我々の命を救ってくれた勇者様……いや、今は昔話をしている暇はなさそうじゃ」

『なるほど、貴様が噂に聞く森の民か……始祖の魔王から一度だけ聞いた事があるぞ、王国には厄介なエルフ族がいるとな』



バッシュも森の民の存在は効かされており、彼が暴れていた時代では邂逅する事はなかったが、その存在だけは知っていた。こうして数百年前は出会えなかった存在に遭遇した事に彼は高揚感を抱き、改めて名乗り上げた。



『我が名はバッシュ、貴様等を滅ぼすためにここへきた。生き延びたければこの俺を殺してみろ!!』

「……既に貴様は死んでいる存在、殺すとは笑わせてくれる」

『ふっ……確かにその通りだ』



自分自身が死霊人形である事を思い出したバッシュはカレハの言葉を否定せず、取り乱す様子も見せない。その冷静さが逆に不気味さを醸し出し、廊下に存在した者達は武器を身構える。


状況的にはバッシュ一人に対してこの国の最高の戦力が集まっている形だが、何故だかリル達はバッシュに対して勝ち目があるとは思えなかった。それほどまでに相対するだけで圧倒的な威圧感を感じ取り、仕掛ける事が出来なかった。

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