第810話 剣の魔王の実力

「早く行け、リル女王!!こいつは俺が食い止める!!」

『無駄だ、貴様では俺を止める事は出来ん』

「舐めるな、魔王だろうがなんだろうがこの国の害を為す存在は許さんぞ!!」



ライオネルはバッシュに向かって駆け出し、両腕の鉤爪を振りかざす。それに対してバッシュは動く様子はなく、回避も反撃も防御も行わない。



(何を考えている!?)



このままではライオネルの鉤爪が衝突するにも関わらず、全く動こうとしないバッシュにリルは驚くが、ライオネルは渾身の戦技を繰り出す。両腕に回転を加え、ねじり込むように撃ち込む。



「螺旋連撃!!」



ボクシングのコークスクリューブローの如く、両腕に回転を加えた状態で鉤爪を放つ。ライオネルの腕力ならば岩壁でさえも抉り取る程の威力は存在し、激しい金属音が鳴り響く。


彼の攻撃は的中したが、バッシュが身に纏う甲冑に触れた瞬間に鉤爪の爪の部分が全て破壊され、空中に散ってしまう。その様子を見てライオネルは呆然とした表情を浮かべ、一方でバッシュは大太刀を握りしめていない方の腕でライオネルの顔を吹き飛ばす。



『くだらん』

「ぐふぅっ!?」

「大将軍!?」



バッシュの掌底を受けたライオネルの身体が吹き飛び、先ほどホムラに叩きつけられた時よりも彼の身体は吹き飛ばされると、壁を破壊して外にまで放り込まれる。


巨人族をも上回る圧倒的な膂力を発揮したバッシュに対してリルは恐怖を抱き、腕力の方も冗談抜きで竜種級の力を誇っていた。仮にもライオネルはこの国の代表する将軍であり、その実力は決して低くはない。



(何だ、この力は……!?)



リルはバッシュの力を目の当たりにして冷や汗が止まらず、彼の力は明らかに常軌を逸していた。一方でバッシュの方は自分の腕に視線を向け、淡々と呟く。



『やはり、この身体では駄目か……手加減をしたつもりだが、少しばかり力を込め過ぎたな』

「手加減、だと……!?」

『貴様等を殺せば勇者の恨みを買う。だから安心しろ、お前は殺さないでやる』

「……舐めるなっ!!」



あまりのバッシュの言い分に武器がない状態でもリルは怒りのあまりに身構えるが、まずは距離を取って様子を伺う。相手はライオネルを片手で吹き飛ばすだけの力を誇り、下手に仕掛ける事は出来ない。


他の援軍が到着するまでリルは時間を稼ぐために後ろに跳躍し、出来る限りは逃げて時間を稼ごうとしたが、ここでバッシュの姿がリルの視界から消え去る。



「なっ!?消え……」

『何処を見ている?』



後方から聞こえてきた声にリルは全身から冷や汗を流し、慌てて振り返るとそこにはバッシュの姿が存在した。一瞬でリルの背後に回ったバッシュに彼女は焦りを抱き、獣人族の優れた動体視力を以てしても剣の魔王の動きが見えなかった。



(そんな馬鹿な!?有り得ない、何時の間に背後に……!?)



女王ではあるがリルは幼少の頃から武道を学び、様々な経験を経て一流の戦士として育った。彼女のレベルは現在は70を超え、これはこの世界の基準ではかなり高い位置に存在する。


万が一の場合に備えて女王に就任した後もリルは白狼騎士団と共に訓練を行い、魔物狩りも行ってレベルを上げてきた。今では国内でも3本指に入るほどの実力を持つ剣士として君臨しているが、バッシュはそんな彼女でさえも捉え切れない移動速度で背後にへと回る。



(気配も姿も全く感じ取れなかった……こんなバカな事はあり得ない。これが剣の魔王の実力だというのか!?)



これまでの魔王も相当な化物であったが、剣の魔王の場合は他の魔王とは性質が違った。始祖の魔王、海の魔王、地の魔王、どの魔王も恐ろしい姿と力を誇ったが、剣の魔王の場合は3人の魔王とは大きく異なる。




――剣の魔王は歴代の魔王の中でも唯一の「肉体」が残っていた存在であり、他の魔王は復活する際に肉体は完全に失われていた。始祖の魔王は雷龍ボルテクスに憑依し、海の魔王は自分の使い魔にしていた海龍リバイアサンに執り憑いていた。地の魔王も同様にゴーレム種の肉体に憑依しただけに過ぎない。




しかし、剣の魔王だけは生前の肉体ごと蘇らせられ、現在は死霊術の力で動いているだけに過ぎない。それでも圧倒的な力を誇るのは彼が本物の自分の肉体を持つ存在だからであり、彼だけは生前と同じ力を発揮できた。


歴代の魔王の中でも最強の武人であり、その武力だけで魔王の座に成り上がった存在。特別な力を持ち合わせず、己の力のみで魔王とさえ呼ばれる存在と化したバッシュの実力は正に世界最強の武人といっても過言ではなかった――

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