第808話 剣の魔王の襲来
「これは……そうか、カグツチが妖刀と呼ばれていたのはこの刀に憑依していた悪霊の仕業だったのか」
「何と禍々しい……だが、悪霊に憑依されていたという事はこの小僧はもう大丈夫なのか?」
「ああ、もう平気だろう……全く、まさかこんな形でこの男を助ける事になるとは思わなかったよ。何処まで私達に面倒をみさせるつもりか」
リルはホムラの元から離れた事でカグツチは真の姿を取り戻したのを確認すると、呆れた様子でライオネルに掴まれたシュンに視線を向けた。
もう彼の身体からはホムラの魂は引き剥がされ、この場に存在するのは心に傷を負い、薬によって仮死状態に追い込まれたシュンだった。かなり痛めつけたはずだが目を覚ます様子はなく、放置する事も出来ないためにリルはライオネルに告げる。
「その男は後で帝国へ送り返そう。それよりも今は騒ぎの原因を突き止める必要がある」
「リル女王、勇者殿はまだ戻ってこないのか?」
「すぐには戻ってこれないだろう。というより、転移台に異変が起きている事を考えても戻る手段がないといった方が正しいだろう」
転移台から大量のアンデッドが出現しているという話はリルも聞いており、状況は完全に理解できないが、魔王軍が仕掛けてきたと考えるべきだった。
剣の勇者であるシュンが悪霊に憑依され、襲い掛かってきたときは焦ったが、ムラマサを犠牲にする事で彼から悪霊を引き剥がす事に成功したのは助かった。だが、ホムラの魂は完全に消えたわけではなく、カグツチからムラマサに魂が乗り移っただけに過ぎない。
(ムラマサの魔力を吸い込む力のお陰で悪霊を引き剥がす事は出来た。だが、ムラマサにはまだ悪霊が憑依しているはず……迂闊に触れる事は出来ないな)
ホムラの魂を引き剥がす際にムラマサは彼の魂も一緒に引き込んでしまい、現在は刃が黒く変色していた。それを確認したリルは迂闊に触れるのは危険だと判断すると、彼女は何かないのかを探す。
「この妖刀も放っておくわけにはいかない。ライオネル将軍、何か布のような物は持っていないか?この妖刀は隔離しておく必要が……何だ!?」
「こ、この気配は……!?」
変色した妖刀をリルが拾い上げる前、彼女とライオネルは異様な気配を察知して振り返ると、廊下の方を歩く人影を発見した。それを見た途端、リルとホムラはこれまでの人生で味わった事がない恐怖を抱く。
『――貴様がこの国の王か』
廊下から歩いてきたのは全身を黒色の甲冑で覆い込み、異様な雰囲気を放つ「大太刀」を握りしめた存在が現れる。動きはゆったりとしていたが、その威圧感だけでライオネルとリルは身体が動かす事が出来ない。
この国の大将軍は歴戦の強者であり、その実力は先代のガームの全盛期にも勝るとも劣らない。そんな彼でさえも目の前に現れた謎の甲冑の人物に気圧され、口を開く事も出来なかった。
敵の正体が何者なのか、何処から訪れたのか、どうしてこの状況下で現れたのか、そんな疑問が頭の中に浮かぶが、どれも愚問と言わざるを得ない。一目見ただけでリルは「敵」の正体を見抜く。
「剣の魔王……バッシュか!!」
『ほう、この時代にも俺の名は伝わっているか』
先日に倒したギガン以上の気迫を放つ相手に対してリルは身体を震わせながらも身構え、ライオネルは掴んでいたシュンの身体を放り込むと、鉤爪を構えた。相手が復活を果たした「剣の魔王」である事は一目見れば分かり切っていた。
まるで竜種と対峙したかの様な圧倒的な存在感を放つバッシュを前にしてリルもライオネルも仕掛ける事が出来ず、ゆっくりと歩み寄るバッシュに対してどのように動けば分からなかった。だが、一つだけ言えるのは下手に仕掛ければ殺されるのは自分達の方だと頭で理解していた。
(何だ、こいつは……これが、魔王か!?)
これまでにリルも数々の強敵と対峙してきたが、バッシュの場合は格が違い、始祖の魔王が憑依した雷龍ボルテクスよりも恐ろしい存在に感じられた。獣人族の優れた本能が危険を伝える。
(違う、こいつは今までに戦ってきた相手とは違う……まるで災厄の塊を目にしているようだ)
バッシュの存在そのものが「災害」に等しいように感じられ、リルもライオネルも仕掛ける事が出来ずにいた。そんな彼等の前でバッシュは床に落ちたムラマサに視線を向け、兜越しに紅色の瞳を向けた。
『この刀は……そうか、お前達の手に渡っていたか』
かつては自分が所有していた妖刀がこの場に存在する事に多少驚いた様子を見せるが、バッシュは納得したように拾い上げる。ホムラの魂を吸い込んだ妖刀に視線を向け、彼は頷く。
『見苦しいぞ、ホムラよ。もう今のお前ではどうしようもできん……潔く散るがいい』
「あっ!?」
「何をっ!?」
バッシュはムラマサの刃を握りしめると、全体に亀裂が走り、砕け散ってしまう。その結果刃に憑依していたホムラの魂は行き場所を失い、やがて拡散して消えていく――
※ちゃっかり新作も投稿中です。タイトルは「貧弱は英雄になれますか?」です。
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