第806話 妖刀の最期

「がはぁっ……!?」

「勝負有りだな……焼き尽くせ、カグツチ!!」



壁にめり込んだリルに対してホムラはカグツチを構えると、左右の通路を塞いでいた黒炎が動き出し、ホムラの元へと向かう。カグツチは黒炎を生み出すだけではなく、その炎さえも操作する能力を持ち合わせていた。


迫りくる黒炎に対してリルは必死に逃れようとしたが、頼りとなる妖刀ムラマサは罅割れてしまい、これ以上に魔力を吸い上げるのは限界だった。だが、何もしなければ焼き殺されるだけであり、それだけは避けるためにリルは必死に腕を伸ばす。



(諦めるな……まだ、私はこの妖刀を使い切れていないはず)



かつては剣の魔王の愛用の武器として使用された妖刀ムラマサ、その能力の全てをリルは使い切れていないと考え、彼女は必死に考える。どうすればムラマサを使いこなせるのか、迫りくる黒炎が到達する前に彼女は推察した。



(思い出せ、ムラマサの力を……斬りつけた相手の魔力を吸い上げる、本当にそれだけなのか?この刀の使い方はそれであっているのか?)



切り付けた敵から魔力を奪い取る能力、それがムラマサの力だとリルは思い込んでいた。吸い上げた魔力は妖刀の所有者の元へ送り込まれるが、所有者が抑えきれない魔力はどうなるのかとリルは気になる。


彼女はムラマサの刃に視線を向け、全体が黒く染まっている事に気付く。これは黒炎を吸い上げ続けた結果、刃に魔力が宿ってしまい、内側から崩壊しようとしている事に気付く。



(吸い上げた魔力を発散させる方法……それがあるとすれば、まさか!?)



現在のムラマサの刃は限界近くまで蓄積させた魔力を宿している状態であり、その事に気付いたホムラは罅割れた箇所に視線を向け、一か八かの賭けになるが彼女は壁から抜け出すと妖刀を振り下ろす。



「はああああっ!!」

「何っ!?」



自ら妖刀を振り翳さし、通路の床に叩きつける事でリルは刃を破壊した。その行為にホムラは目を見開くが、次の瞬間にはリルの手にした妖刀に変化が起きた。


膨大な魔力を蓄積していた刀身が砕けた瞬間、折れた刃先から魔力が放出され、火炎放射の如く黒炎が発生した。これまでに吸い上げた魔力が折れた一気に放出され、ホムラの元へと迫る。



「はああああっ!!」

「ぐああっ!?」



ホムラがリルに向けて放った黒炎ごと巻き込み、彼の元へ膨大な魔力が襲い掛かる。元々はカグツチが生み出した黒炎とはいえ、ホムラはそれを対処しきれずに身体が吹き飛ばされた。



「はあっ、はっ……くぅっ……!!」

「り、リル女王……平気か!?」

「大将軍……ああ、どうにかな」



通路を塞いでいた炎の壁が消え去った事でライオネルもリルの元へ駆けつけると、彼女は顔色が悪いながらも笑みを浮かべ、砕けた妖刀に視線を向けて寂しそうな表情を浮かべた。


ホムラを倒すためとはいえ、自分の手で妖刀を破壊した事に彼女は武人として悲しく思う。だが、妖刀を犠牲にした事でホムラを吹き飛ばす事に成功した。



「奴は……死んだのか」

「いや、この程度で倒せるような楽な相手じゃないだろう……勇者の強さは僕はよく知っている」



壁際の方では現在もリルが放出した黒炎が燃え広がり、その中に飲み込まれたホムラの姿は見えなかった。普通の人間ならば焼き尽くされているだろうが、勇者の肉体を持つホムラが簡単にくたばるはずがない。


やがて黒炎が消え去る頃、壁際には妖刀を床に突き刺して立ち上がる人影が存在し、全身に闇属性の魔力を纏いながらも立ち尽くすホムラの姿が存在した。



「……やってくれたな」

「ば、馬鹿な……無傷、だと!?」

「やはり、こうなかったか……」



妖刀を犠牲にした攻撃にも関わらず、ホムラの身体には火傷の後すら存在せず、彼は自分に纏った魔力を拡散させると無傷の状態で立っていた。どうやら攻撃を受けた際に咄嗟に闇属性の魔力を自分自身に覆い込み、攻撃を防いだらしい。


黒炎は元々はカグツチが作り出した物のため、カグツチの所有者であるホムラならばその炎を操る事も出来るはずだった。だからこそ彼は攻撃を受けても無傷であり、激しい怒りを抱く。



「まさか自分から妖刀を砕くとはな……だが、ここまでのようだな」

「ぐっ……女王、ここは俺に任せろ!!奴も相当に消耗しているはず!!」

「いや、駄目だ……僕だってまだ戦える」



ライオネルはリルを庇うように前に出るが、リルも折れた妖刀を手にしながら身構える。その様子を見てホムラは鼻を鳴らし、ゆっくりと近づこうとした途端、彼は膝を崩す。



「何っ……!?」

「なっ!?きゅ、急にどうした!?」

「……どうやら、そちらも限界のようだな」



ホムラ自身は二人を殺すつもりだったが、彼が憑依する肉体は無事ではなく、カグツチが纏っていた黒炎が消え去る。どうやらホムラが憑依しているシュンの肉体の方が限界を迎え、もう妖刀を扱う力も残っていないらしい。

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