第804話 大将軍の意地

(何だ、この馬鹿げた力は……!?)



まるで巨人族に突き飛ばされたかのようなホムラの力強さにライオネルは戸惑い、とても人間の腕力とは思えない。確かにレベルを上昇させれば人間でも怪力を誇る事は出来る。だが、人間の身体能力は獣人族よりも劣り、レベルが70近くのライオネルが吹き飛ばされるなど有り得ない。


しかし、ホムラの肉体は元々は「剣の勇者」として召喚されたシュンの肉体である。勇者は普通の人間とはそもそも肉体の構造が違い、特に戦闘職の勇者の場合は肉体の強度が普通の人間の比ではない。


勇者として召喚される異世界人は勇者の加護以外にも身体能力、魔力、生命力、ありとあらゆる能力がこの世界の人間よりも優れている。特にシュンの場合はレベルが70を超えており、更にホムラによって肉体の限界まで身体能力を引き上げられていた。



「あんた、火事場の馬鹿力って知ってるか?」

「な、何だと……?」

「人の肉体というのは、危機的状況に陥ると信じられない力を引き出すんだ。だが、普段からそんな力を引き出していれば身体はぶっこわれちまう。だけどな、勇者の場合はその力を常に引き出して壊れない機能が備わってるんだよ」

「何を言っている!?」

「つまり……てめえと俺じゃ肉体の質が違いすぎるんだよ!!」



ホムラはライオネルに大して拳を振りかざすと、途轍もない速度で殴りつける。ライオネルは咄嗟に両腕を交差して攻撃を受けるが、今度は踏み止まる事も出来ずに派手に吹き飛ぶ。


廊下にライオネルの身体が転がり込み、彼は苦痛の表情を浮かべながら倒れ込む。殴りつけられた箇所は確実に骨が折れてしまっただろう。



(ば、馬鹿な……何だ、この力は……これではまるで大人と子供ではないか)



大将軍である自分をまるで子供扱いするかのようなホムラの圧倒的な力に彼は震え、その様子を見たホムラは鼻を鳴らす。予想以上に彼は自分の憑依した肉体が力を持っていた事に笑みを浮かべる。



「この顔は気に入らないが……悪く無いな。ちゃんと鍛え上げられている、魔物共を倒してレベルだけを上げた肉体とは大違いだ。真面目に毎日鍛錬を繰り返した良い肉体だな」

「な、何を言っている……貴様!?」

「おっと、こっちの話だ」



シュンの肉体は彼がこの1年の間に毎日の様に体を鍛えあげ、強敵と呼べる魔物達を倒し続けた事で得た肉体だった。単純に魔物を倒し続けてレベルを上げただけの肉体とは違い、彼の場合は日頃の地道な訓練のお陰でより強靭な肉体と化していた。



「さあ、お遊びはここまでだ……そろそろ終わらせるぞ」

「ふん、舐めるな小僧が……!!」

「ここから先はマジで行かせてもらうぜ」



ホムラは魔剣カグツチを構えると、刀身から黒炎が発生し、刃を黒色の炎が覆い込む。その様子を見てライオネルは冷や汗を流し、獣人族の本能があの炎に触れるのは危険だと告げていた。



「あんた、中々楽しめたぞ……久しぶりに昔を思い出せた」

「……調子に乗るな、俺はこの国の大将軍だ。貴様如きに後れは取らんぞ」

「ほう、まだ何か奥の手があるのか?」



折れた腕をぶら下げながらもライオネルは残された腕を身構えると、その光景にホムラは面白そうな表情を浮かべる。だが、ライオネルの言葉はあくまでもはったりであり、この状況で逆転の目途はない。



(しまったな……こういう事ならば勇者殿から聖剣を受け取っておくべきだったか)



大将軍であるライオネルにも万が一の場合を想定し、かつてレアは複製した聖剣フラガラッハを渡そうとした事がある。だが、それに対してライオネルは断り、聖剣を受け取るのは正直に言えば武人としては魅力的な話だったが、フラガラッハの持つ「攻撃力3倍増」の効果が気に入らなかった。


ライオネルは自分の力は自分のみで鍛え上げる事を信条としており、道具に頼るのは嫌っていた。だからこそレアからは聖剣の類は受け取らなかった。しかし、こんな状況に陥るのであればあの時に受け取るべきだったかと苦笑いを浮かべる。



(俺の渡世もここまでか……だが、ただでは死なんぞ。せめて奴の腕一本でもおらなければな!!)



ホムラに対してライオネルは決意を固めた表情を浮かべ、彼の雰囲気を察してホムラも薄ら笑いを止め、真剣な表情で魔剣を構える。しばらくの間は静寂だったが、やがてライオネルの方が動き出す。



「うおおおっ!!」

「来いっ……!?」



正面から突撃してきたライオネルに大してホムラはカグツチを振りかざし、彼の肉体に放とうとした瞬間、ここで玉座の間の扉が開かれた。後ろから聞こえてきた音にホムラは一瞬だけ注意が引かれると、そこには刀を構えたリルが立っていた――

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