閑話 〈帝国兵士の気苦労〉
――剣の勇者が行方をくらまし、更に皇帝が倒れた事によって現在の政務はアリシアが取り仕切っていた。彼女は民衆からも人気が高く、皇帝の一人娘である事から皇帝の代わりに政務を任せられるのは当たり前であった。
だが、彼女の予想以上に帝国の問題は多く、まずは他国との交流関係であった。同盟国であるケモノ王国ともこの1年の間に色々と問題が起きた事もあり、現在は帝国よりも王国が優位に立っている。
帝国は食料を引きかえにケモノ王国から上質な薬草を取り寄せていたが、最近では食料の輸入量が一気に減り、その代わりに別の対価を要求される事が多かった。その対価というのが金の類ならば問題はないが、ケモノ王国側は有能な人材を寄越すように要求する事が多い。
「飛行船……ですか?」
「ええ、ケモノ王国の使者によれば空を飛ぶ船を作り上げるために帝国の力を借りたいとの事ですが……」
「それは何かの冗談ではないのですか?船が空を飛ぶなんて……」
「私達もそう思ったのですが、この手紙を見せれば納得してくれると……」
転移台を使用して王国から訪れた使者の報告に兵士達は戸惑い、現在は皇帝の代理を行うアリシアに判断を仰ぐ。アリシアとしてもいきなり空を飛ぶ船の製作に力を貸してほしいと言われても正直に言えば納得しがたい。
「船が空を飛ぶ?そんな馬鹿な……そのような乗り物を作り出せるのですか?」
「ですが、解析の勇者様は先日に海底王国にも訪れ、古の時代に召喚された勇者様が作り出された船を直に見たそうです」
「海底王国……確かにそのような話も伺いましたが、まさか本当に海を潜る船が実在したなんて……」
海底王国の存在はアリシアも聞かされており、実際に見た事はないが海底に国が存在するという話は祖父から話を聞いた事がある。その場所は人魚族や魚人が管理する場所だと聞いており、決して人間が立ち寄れる場所ではないと聞いていた。
解析の勇者であるレアが関わっているのならばアリシアは疑う真似はせず、彼が海底王国で船を見たというのであれば疑う余地はない。だが、今度は空を飛ぶ船を作り出すために協力して欲しいと言われて困惑するのも仕方がない。
「……王国の要求は?」
「とりあえずは船の設計に長けた人材を何人か派遣してもらいたいそうです。出来れば腕の良いドワーフの職人がいいそうですが……」
「そういう事であれば港町に暮らす船乗りに話を通した方が良いでしょう。しかし、空を飛ぶ船とは……そんな物が本当に作り出せるのでしょうか」
「分かりません。もしかしたら人材を引き抜くためだけの罠である可能性も……」
「リルがそのような姑息な手を使うとは思いません。きっと、彼女が言うのなら本当にそのような乗り物を作る術があるのでしょう」
アリシアはリルと立場が似ている事から気が合い、幼いころからの親友同士である。どちらも現在は国を背負う立場であるため、より一層に親近感を抱いていた。
だが、飛行船を開発するために帝国の力を借りるのであれば、当然だが帝国にも空を飛ぶ船の設計に関わらせることになる。もしも帝国がケモノ王国で開発される飛行船を参考に自国でも飛行船の開発をする可能性がある事を聡明なリルが考慮していないはずがない。
(リル、貴方は私達に国の重要機密を明かすつもりなのですか……それとも、何か別の考えが?)
リルとは子供の頃からの付き合いではあるが、アリシアは彼女の考えが読めずに困り果てる。だが、最後に付けくわえた兵士の言葉を聞いて態度を変える。
「あ、それと使者から勇者様の言伝を預かっております。アリシア様の力をどうしても借りたいということでしたが……」
「分かりました。国中のドワーフを集結させ、王国へを送り込みましょう」
「アリシア様!?」
想い人であるレアが関わるとアリシアは迷いなく判断し、そんな彼女を慌てて他の兵士達は説得する。もしかしたら現在一番苦労しているのは政務を任されているアリシアではなく、その彼女を支える側近の兵士達かもしれなかった――
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