第776話 剣の魔王と堕ちた勇者

「なるほど……まさか自分の魂までも利用し、この時代にまで生き延びていたとはな」

「信じられん……だが、この力の溢れようは普通ではない」

「…………」



ダークから全ての話を聞き終えたバッシュとジャンは自分の肉体に視線を向け、ダークの分身といっても過言ではない存在二人が消えた事により、その力は死霊人形である彼等に届いた。


無論、二人の力が完全に継承されたわけではなく、ダークの方にも二人の力は流れ込んでいる。だが、死霊人形の力は生前の人間の強さによって比例するため、仮に魔王と恐れられたバッシュと、その片腕であるジャンはこれまでにダークが蘇らせた海の魔王や地の魔王に匹敵する力を所持していた。


元々から圧倒的な力を所有するバッシュとジャンが更に力が増した事により、もう肉体は全盛期に等しい力を宿す。だが、残念な事にドラゴンスレイヤーの回収には失敗した事により、剣の魔王が扱う武器はもう一つしかない。



「バッシュ様、申し訳ありません。貴方様に見合う武器は勇者によって奪われてしまいました、もうしばらくの間はお待ちください」

「その必要はない、武器ならここにあるだろう」

「しかし、その妖刀は……」



バッシュは部屋の中に掲げられている刀に視線を向けると、ダークは彼が扱うのを止めようとした。この刀はリルが所有していた「ムラマサ」や魔王軍の幹部でもあったツルギが所有していた「紅月」よりも恐ろしい力を持つ。


妖刀の名前は「鬼王」この妖刀は名前の通りに恐ろしい炎を生み出す力を持ち合わせ、回収したダークでさえも手が余る代物であった。



「もうこれ以上は待つ事は出来ん……ギガンを殺された以上、この時代の勇者は我々が生きていた時代の勇者よりも大きな力を持つのだろう」

「ギガンがやられるとは……この時代の勇者も侮れませんな」

「……随分な口ぶりだな、その勇者に殺された癖に」



ここで今までは黙っていたホムラが口を開くと、その言葉に対してジャンは真っ先に動きだし、彼に対して鋭い鉤爪を放つ。



「ガアアッ!!」

「ちっ!!」



カグツチを抜いたホムラはジャンに鉤爪を刃で受け取めると、金属音が鳴り響く。カグツチの切れ味ならば並の生物は切り裂かれるが、ジャンは竜人族と呼ばれる存在であり、全身を覆い込む鱗の高度は金属の刃さえも通さない。


二人は鉤爪と刃を押し込み、鍔迫り合いの状態に陥る。だが、その様子を見ていたバッシュがジャンの肩を掴み、二人を引き剥がす。



「止めろ」

「バッシュ様、ですがこいつは勇者です!!いくら肉体を乗り移ろうと、こいつは勇者である事は変わりはありません!!今すぐに殺すべきです!!」

「上等だ、やってみろ!!」

「止めてください」



ジャンは一目見た時からホムラの正体がこの世界で召喚された勇者だと見抜き、強い敵意を抱いていた。ホムラの方も殺気立つが、それに対してダークが間に割り込む。



「御三方、我々の敵は勇者と、それに味方する存在である事をお忘れなく……亡き始祖の魔王様の目的を果たすためにも我々は強力する必要があるのです」

「始祖の魔王など知った事か!!我が主は剣の魔王バッシュ様のみ!!」

「はっ!!たった一人の勇者に敗れるような魔王に義理立てする必要はない!!この俺を復活させてくれた事は感謝するが、勘違いするなよ。俺はお前等の手下じゃないんだよ!!」

「いい加減にしろ!!」



バッシュが怒鳴りつけるのと同時に足を踏みつけると、それだけで大きな振動が広がり、3人は立っていられずに膝をつく。圧倒的な存在感を放ちながらバッシュは淡々と告げた。



「ダーク……と、今は名乗っていたな。貴様が始祖の魔王様の腹心である事は知っている、俺もあの方に従っていたからな。貴様が亡き主人の果たせなかった目的を果たそうとする気持ちは理解している」

「その通りです、我々は同志……だからこそ貴方様を復活させたのです」

「しかし、バッシュ様!!もう始祖の魔王は消えた、貴方様こそがこの世界の支配者となるべきです!!」



ダークが忠誠を誓うのは始祖の魔王であり、その始祖の魔王の配下の記憶を持つバッシュを蘇らせたのは彼を同志と見込んでの事である。しかし、ジャンからすれば始祖の魔王など顔を合わせた事もない存在に義理立てする理由はなかった。


バッシュは元々は勇者だったが、妖刀に触れた際に剣の魔王に忠誠を誓っていた剣士の記憶が流れ込み、人格が変貌した。しかし、現在では勇者と対立した事で吹っ切れ、もう勇者として生きていた頃の自分ではないと自覚はしている。


しかし、ダークと違う点はバッシュは始祖の魔王と実際に対峙した事はなく、あくまでも妖刀の前の所有者が魔王に忠誠を誓う存在だけに過ぎない。だからこそ彼は始祖の魔王の目的など、正直に言えばどうでもよかった。

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